敵の敵


*




上空に開いた黒腔から、異形の影が姿を現した。

現れたのは、ギリアンの倍は
あろうかというほど巨大な、
もはや人の形すら留めていない虚だった。
その頭部に跨るようにして、
ワンダーワイスが乗っている。

「アア〜」

赤子のような声を漏らしたワンダーワイスは、
辺りを見渡した。

そして、浮竹と目が合った。

次の瞬間。

ワンダーワイスの姿が消えた。

「なッ……!」

驚愕の声を上げた時には、すでに眼前にいた。
振り抜かれた腕が浮竹の腹部を貫き、
背中へと突き抜ける。

鮮血が飛び散った。

浮竹は口から血を吐き、苦悶の表情を浮かべる。

「浮竹隊長!」

紫乃が声を上げるより早く、
京楽と紫乃はそれぞれ斬魄刀を構え、
ワンダーワイスへと斬りかかった。

だが、その刃が届くことはなかった。

乾いた銃声が響く。

ほぼ同時に、二人の身体に鋭い痛みが走った。

「ぐっ……!」

京楽が呻き、紫乃もまた血を吐く。
斬撃を放とうとした勢いのまま、
二人は地面へと崩れ落ちた。

「……悪りいな。
こいつが出てきたってことは、
藍染サマがもう待てなくなっちまったってことだ」

スタークはどこか不憫そうに呟きながら、
両手の銃を構えていた。

紫乃は痛みに顔を歪めながらも、
すぐさま身を起こす。

「ぅ……浮竹隊長……!」

倒れた浮竹のもとへ駆け寄ると、
腹部に開いた傷口へ手をかざした。
回道の光が傷を包み込み、
せめてもの応急処置として出血を抑え込む。

しかし、紫乃の表情に安堵はなかった。

傷は深い。すぐに戦線へ復帰できる状態ではない。

その時、ワンダーワイスが
天を震わせるような雄叫びを上げた。

呼応するかのように、
倒されたはずの二人が動き出す。

砕蜂の卍解によって撃ち抜かれたバラガン。
そして、日番谷の卍解によって
氷漬けにされたはずのハリベル。

二人が、再び戦場へと姿を現したのだ。

さらに、ワンダーワイスと共に現れた巨大な虚が、
口を開いて炎へと息を吹きかけた。

次の瞬間。

山本元柳斎重國が放った炎が、
まるで蝋燭の火でも吹き消すかのように鎮火した。

轟々と燃え盛っていた炎が、
跡形もなく消えていく。

そこに残されたのは、
解放された藍染たちの姿だった。

「厭な臭いやなァ、相変わらず」

鼻先を手で払いながら、市丸ギンが姿を現す。

「同感だな」

東仙も静かに頷いた。

「死の匂いってのは、こういうのを言うんやろね」

ギンが薄く笑う。

「結構なことじゃないか。
死の匂いこそ、この光景に相応しい」

藍染はそう言って、周囲を見渡した。

倒れた死神たち。
傷つき、動けずにいる者たち。
そして、目の前で圧倒的な力を
見せつけられた者たちの、絶望に染まった眼差し。

藍染は、それらを一身に浴びていた。

まるで、その光景こそが
彼の望んだものだと言わんばかりに。

その時だった。



「待てや」



戦場に、聞き慣れた関西弁が響いた。

紫乃は、はっと顔を上げる。

「久しぶりやなぁ、藍染」

その声を聞いた藍染が、わずかに目を細めた。

そこに立っていたのは、懐かしい顔だった。

「真子さん……」

紫乃は目を見開いた。

驚いたのは彼女だけではない。
周囲の隊長たちも、
突如として現れた一団に視線を向けていた。

空中に並び立つ八人。

平子真子。猿柿ひよ里。六車拳西。久南白。
愛川羅武。鳳橋楼十郎。矢胴丸リサ。有昭田鉢玄。

仮面の軍勢――ヴァイザード。

かつて尸魂界から姿を消した者たちが、
今、再び戦場へと戻ってきたのだ。

「久し振りのご対面や。
十三隊ん中に、挨拶しときたい相手が
おる奴いてるか?」

平子は仲間たちを振り返り、軽い調子で尋ねた。

「いてへん!」

ひよ里が間髪入れずに答える。

「うるさいなぁ、ひよ里! 
お前には訊いてへんねん!」

平子が即座に噛みついた。

「うちには聞いてへんて、
どういうことやねん!! 
みんなに聞いてんやろ、みんなに!!」

「俺は別にいいぜ」

羅武が肩をすくめる。

「僕もいいよ」

ローズも穏やかに答えた。

「私は……十三隊にはいません」

鉢玄が控えめに告げる。

「俺もいねえ!」

拳西は素っ気なく言い切った。

「ベリたんいないね? なんでー?」

白は辺りをきょろきょろと見回した。

その一方で、リサは何も言わずに踵を返した。

「……」

「あ! どこ行くねん、リサ!!」

ひよ里が気づいて呼び止めた時には、
すでに遅かった。

リサは返事ひとつせず、
瞬歩で姿を消してしまった。

「……ほな、俺も総隊長さんとこ挨拶してくるわ」

平子もそう言い残すと、
ひらりと身を翻して戦場の奥へと向かった。

「ああっ! 待てこら真子!!」

またしても呼び止めるのが遅れたひよ里の怒声が、
空しく響いた。



◇



倒れていた京楽の前に、リサが降り立った。

彼女は無言のまま、横たわる京楽の頭を蹴る。

反応はない。

もう一度、強めに蹴った。

「ぁ……相変わらず容赦ないねえ、リサちゃん」

京楽はようやく顔を上げ、困ったように笑った。

「そこで寝とき! 
あたしがどんだけ強くなったか、見したるわ!」

リサは相変わらずの強気な口調で言い放つ。

京楽はそんな彼女を見上げ、
ふっと表情を和らげた。

「リサちゃん……元気そうで良かった」

「……アホ!」

リサは背を向けたまま吐き捨てた。

京楽と目を合わせることもなく、
再び瞬歩で姿を消す。

その背中を見送りながら、
京楽は小さく息を吐いた。

「……全くだよ……」



◇



その頃、山本総隊長の前にも
平子が降り立っていた。

「……恨みを…晴らしに来おったか……」

山本は険しい眼差しを向け、低く呟く。

平子は肩をすくめた。

「藍染になァ。あんたのことは別にや」

そして、親指で背後を指し示す。

「恨んどるとしたら、
あんたらがここにめっちゃ強い結界張って
戦っとったことにやな! 
外で見張っとったこいつを
見つけられへんかったら、
永久にこの周りを
ぐるぐる回り続けとったとこや!」

平子の言葉に合わせるように、雀部が姿を現した。

彼は山本の前で片膝をつき、深々と頭を下げる。

「申し訳ありません……! 
お通ししてよいものか逡巡したのですが、
内部の戦況を見て……」

「よい」

山本は短く告げた。

雀部は一礼し、その場を退く。

山本は改めて平子を見据えた。

「平子真子。今は、おぬしらを
『味方』と考えてよいかの」

その問いに、平子は一瞬だけ表情を引き締めた。

「……そんなもん、決まっとるやろ」

そして、はっきりと言い切る。

「あかんわ。俺らはあんたらの味方ちゃう」

山本の眼差しを真っ直ぐに受け止めながら、
平子は続けた。

「俺らは藍染の敵。ほんでもって、一護の味方や」

言い終えると同時に、平子の姿が掻き消えた。






仮面の軍勢のもとへ戻ってきた平子を、
ローズが迎えた。

「やっと戻ってきたね」

「話は終わったのか?」

羅武も平子へと視線を向ける。

「……終わってへんけど、もう無理やろ」

平子は肩を回し、戦場へ目を向けた。

「敵さんも、そろそろ痺れ切らす頃や」

その言葉を裏付けるように、
ワンダーワイスが再び雄叫びを上げた。

直後、巨大な虚が大きく口を開く。

その喉の奥から、
次々とギリアンが吐き出されていった。

黒い巨体が空を埋め尽くすように広がり、
戦場を覆い始める。

平子は仲間たちを見渡した。

「……行くで」

短い合図とともに、八人が一斉に動いた。

それぞれが手にした仮面を顔へと装着する。

死神でありながら、虚の力をその身に宿す者たち。

仮面の軍勢は、かつての仲間たちにも、
敵にも、その存在を見せつけるかのように
戦場へと踏み込んだ。







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