私の居場所
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仮面の軍勢が荒々しく
ギリアンを蹴散らしていく中、
紫乃はその場に留まり、
浮竹に回道を施し続けていた。
四番隊の席官にも引けを取らない
回道の技術を持つ紫乃だが、
治癒の速度は彼らに及ばない。
腹部に大きな傷を負った浮竹を完治させるには、
まだ時間が必要だった。
自らの傷が痛もうと、
紫乃は気にも留めなかった。
ただひたすらに霊力を集中させ、
浮竹の傷口へ回道を注ぎ続ける。
「……紫乃……」
ふいに、か細い声が耳に届いた。
「浮竹隊長!」
紫乃は顔を上げ、浮竹の名を呼ぶ。
「……ありがとう。もう大丈夫だ……」
そう言って、浮竹は回道を施す紫乃の手に、
そっと自分の手を添えた。
「いえ、まだです……。
回道は使えますが、
私では治癒の速度が遅いので、傷が……」
止められてもなお、紫乃は回道を続けようとする。
「止血されれば十分だ……」
浮竹は穏やかに告げた。
しかし、その腹部には依然として
大きな空洞が残っている。
止血こそできても、完治には程遠い。
それでも浮竹は、紫乃の手を
押さえたまま静かに続けた。
「それに……彼らが来ているんだろう?
行かなくていいのか?」
紫乃は、はっとして浮竹の顔を見た。
彼の言う「彼ら」とは、仮面の軍勢のことだろう。
百一年前、失ったはずの大切な人が生きていた。
そして今、再びこの目の前に現れたのだ。
本当なら、すぐにでも声を掛けたいはずだった。
けれど紫乃は、目の前の負傷者を
放っておくことができなかった。
再会の喜びよりも、
隊長を治療することを優先していたのだ。
浮竹は、そんな彼女の心情を察していた。
「何を仰るのですか……」
紫乃は寂しげに微笑んだ。
「私が側にいるべきなのは、浮竹隊長ですよ……」
かつて大切に想った人が生きていたとしても、
今の紫乃が優先すべき相手は変わらない。
自分が仕える隊長を差し置いて、
個人的な感情を優先するつもりはなかった。
「だから……私を無能な部下にしないでください」
今度は、はっきりとした声で告げる。
浮竹は一瞬目を丸くしたものの、
やがて表情を柔らかくした。
「そうか……。
生真面目さがお前の強みだったな……」
その言葉に、紫乃は何も答えなかった。
浮竹は彼女の手に添えていた手に、
少しだけ力を込めた。
「だけど、本当に止血された状態なら、
もう大丈夫だ。お前はまだ動けるんだろう?
なら、戦いなさい。それが護廷十三番隊だ」
そう告げて、浮竹は紫乃の手を握り、
今度こそ回道を止めさせた。
紫乃は、しばらく浮竹の顔を見つめていた。
やがて静かに息を吐くと、
回道を解いて腕を下ろした。
「……はい」
短く返事をして、紫乃は立ち上がる。
そして顔を上げた、その瞬間。
彼女の視線は、迷うことなく
ワンダーワイスを捉えていた。
巨大な虚の上に乗ったワンダーワイスは、
いまだに赤子のような声を漏らしながら、
周囲を見渡している。
「ァア〜?」
その無邪気とも取れる仕草とは裏腹に、
先ほど浮竹の腹部を貫いた一撃は、
あまりにも容赦のないものだった。
紫乃の瞳から、先ほどまで浮かんでいた
寂しげな色が消える。
今は、感傷に浸っている場合ではない。
守るべき隊長は、まだ戦場にいる。
そして、倒すべき敵もまた、目の前にいる。
紫乃は一度だけ浮竹を振り返った。
「……行ってまいります」
その言葉を残し、瞬歩を踏み込む。
次の瞬間、紫乃の姿はその場から掻き消えていた。
向かう先は、ワンダーワイス。
再び戦場へと身を投じるため、
紫乃は風を切って駆け抜けた。
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