命の灯
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ワンダーワイスを倒した紫乃は、卍解を解いた。
全身を痛みが駆け巡り、
呼吸をするだけでも傷に響く。
けれど、致命傷ではない。まだ動ける。
藍染のもとへ向かおうと、
紫乃はゆっくりと体の向きを変えた。
その瞬間、背後に落ちた影と、
かすかな霊圧を感じ取る。
「……!」
振り返った先にいたのは、
倒したはずのワンダーワイスだった。
「ア……ゥアァ……」
消え入りそうな声を漏らしながら、
ワンダーワイスがゆらりと一歩を踏み出す。
異様だった。
先ほどまでとは違う。
目の前の存在が何をしようとしているのか、
紫乃には分からない。
けれど、本能が警鐘を鳴らしていた。
紫乃は鉄扇を握り直し、
今度こそ完全に息の根を止めようと身構える。
「離れろ!」
鋭い声が戦場に響いた。
次の瞬間、白い隊長羽織が紫乃の視界を覆い、
目の前に大きな背中が立ちはだかる。
直後、凄まじい炎が弾けた。
轟音とともに爆炎が膨れ上がり、
すべてを呑み込むような衝撃波が戦場を駆け抜ける。
ワンダーワイスの体内に蓄積されていたのは、
紫乃が放った鬼道の炎だった。
炎を封じ込めるために造られた存在が、
取り込んだエネルギーを一気に放出したのだ。
自らの命をも巻き込む、凄惨な最期だった。
誰かに庇われている。それは分かっていた。
それでも、焼けつくような熱が肌を刺し、
全身に鋭い痛みが走る。
爆発の衝撃が体の芯にまで響き、
紫乃は思わず強く目を閉じた。
やがて衝撃波が収まり、
爆炎の名残が風に散っていく。
焦げついた匂いが鼻を突いた。
紫乃は息を詰めたまま、ゆっくりと目を開ける。
「ッ……総隊長!?」
目の前に立っていた人物を認め、
紫乃は驚愕に目を見開いた。
自分を庇ったのは、
護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國だった。
「何故、庇って……」
問いは、考えるよりも先に口をついて出ていた。
しかし、山本は振り返らなかった。
「先の戦い、見事であった」
重々しい声が、爆発の余韻が残る戦場に響く。
その言葉には、護廷十三隊を束ねる
総隊長としての威厳があった。
「あれは流刃若火に対抗するために造られたもの。
お主が倒したことで、
此度の戦局は大きく変わるであろう」
山本は前方に漂う煙を見据えたまま、
静かに続けた。
「自爆機能まで組み込んでおったとは
……惨いことを」
その声に滲んだ怒りが、
誰に向けられたものなのか。
考えるまでもなかった。
山本が視線を向けた先には、藍染惣右介がいた。
そして藍染もまた、こちらを見ていた。
「花房紫乃……」
名を呼ぶ声は、ひどく冷ややかだった。
藍染にとって、
ワンダーワイスは山本の流刃若火を
封じるために用意した切り札だったはずだ。
その切り札が、総隊長と対峙するよりも前に倒された。
数ある計画の中でも、
決して望ましい結果ではなかっただろう。
藍染の視線が紫乃を捉える。
紫乃もまた、逃げることなくその目を見返した。
ほんの一瞬、視線が交錯する。
「……総隊長」
紫乃は山本へと向き直り、口を開いた。
庇われたことへの礼を伝えようとしたのだ。
しかし、その言葉が形になるよりも先に、
山本が口を開いた。
「放出されるエネルギーの規模が未知数じゃった。
流刃若火で相殺し、被害を最小限に抑える。
敵の思うようにはさせぬと判断したまでのこと」
紫乃が告げようとした言葉を遮るように、
山本は淡々と理由を述べた。
それは、総隊長としての合理的な判断だった。
爆発の規模も、その影響が及ぶ範囲も、
事前に見極めることはできなかった。
だからこそ、流刃若火をもって爆発を抑え、
味方への被害を最小限に
食い止める必要があったのだろう。
山本が動いたのは、
紫乃一人を救うためだけではない。
この戦場にいる者たちを守り、
藍染の思惑を阻むためだった。
紫乃は、その意図を理解した。
だからこそ、礼を言わせまいとするような
山本の配慮が、胸の奥に静かに染み入った。
「……はい」
結局、紫乃はそれ以上何も言わなかった。
視線を落とし、手にした鉄扇を強く握り直す。
どのような理由があったとしても。
あの一瞬、自分の前に立ちはだかった背中を、
忘れることはない。
紫乃は顔を上げ、再び藍染へと目を向けた。
その先では、戦況がまた一つ動いていた。
日番谷たちと交戦していたティア・ハリベルが、
藍染の手によって斬り捨てられていたのだ。
一瞬の出来事だった。
共に戦場へ送り出した破面であろうと、
藍染にとっては目的を果たすための駒にすぎない。
もはや用済みと判断すれば、
味方であろうと容赦なく切り捨てる。
その光景は、戦いが終盤へと
差し掛かっていることを物語っていた。
だが、終わりが近いからといって、
勝利が約束されたわけではない。
藍染を止めなければならない。
この戦いに決着をつけるために。
紫乃は一度だけ、山本へと視線を向けた。
「……行ってまいります」
短く告げると、山本の返答を待たずに身を翻す。
痛みは消えていない。
体は重く、傷ついた箇所は
動くたびに悲鳴を上げていた。
それでも、足を止める理由にはならなかった。
紫乃は瞬歩で戦場を駆け、
藍染たちと対峙する護廷十三隊の隊士たち、
そして仮面の軍勢がいる場所へと戻っていく。
倒すべき敵は、まだ目の前にいる。
そして、守るべき者たちもまた、そこにいた。
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