残る想い


*





藍染を一護に託し、
紫乃は痛む身体を庇うようにして、
ギンの亡骸の前で泣き啜る乱菊の傍らに座り込んだ。

乱菊の腹部もまた、
止血こそされているものの、
脇腹には深く抉られた傷が残っていた。
その身で走れば、傷口が再び
開いてもおかしくはなかっただろう。

それでも、乱菊はここまで駆けつけた。

それほどまでに、
彼女はギンを愛していたのだろうか。

幼馴染という言葉だけでは言い表せないほどに。

紫乃は隣で泣き続ける乱菊を見つめたあと、
静かにギンへと視線を移した。

長い銀色の前髪が顔にかかり、
その表情を窺うことはできない。
けれど、もう二度と動くことのない彼の姿が、
すべてを物語っているようだった。

乱菊は、ギンが何故裏切ったのかを
聞いたのだろうか。

藍染に従いながら、
最後にはその藍染さえも裏切った。
そうしてまで、
彼はいったい何を得ようとしていたのか。

紫乃には分からない。

きっと、ギンは最後まで
何も語らなかったのかもしれない。

あの男なら、そういうこともあり得る。

本当の想いを胸の奥に隠したまま、
誰にも明かすことなく逝ってしまう。
そんな男だったのではないかと、紫乃は思った。

静まり返った戦場の跡地に、
乱菊の啜り泣く声だけが響いていた。

その声を聞きながら、
紫乃はただ傍らに座り続けた。

藍染を追うことも、
これ以上誰かを斬ることもない。

こうして、紫乃の戦いは終わりを迎えた。





◇



それからしばらくして、
一護と藍染の戦いにも決着がついた。

一護は、最後の月牙天衝と呼ばれる
奥義――無月によって藍染を追い詰めた。
そして、浦原喜助が仕掛けていた鬼道の封印が
発動し、藍染はついに封じられることとなった。

代償として、一護は死神の力を失った。

死神代行としての役目も、
いずれ終わりを迎えることになる。

もっとも、それを実感するのは、
戦いで負った傷が癒え、
すべてが落ち着いてからのことだった。

現世に残された死神たちや仮面の軍勢にも、
四番隊による救護が施されていた。

その中には、瀕死の重傷を負った
ひよ里の姿もあった。

卯ノ花は治療を終えると、
ひよ里の容態を確かめ、
ゆっくりと姿勢を正した。

「……これで、一先ずは大丈夫でしょう」

その言葉に、リサが不安げに声を上げる。

「一先ずって……助からへんかもしれんの!?」

「鬼道でできることは、医療と変わりありません。
身体の構造上、必要な処置は済ませました。
あとは、彼女が生きることを諦めなければ、
いずれ目を覚ますでしょう。
彼女がそれを諦めるかどうかは、
私よりも貴方方のほうが、よくご存じのはずです」

卯ノ花は落ち着いた声音で説明した。

ひよ里が生きることを諦めるはずがない。

その場にいた仮面の軍勢は、
誰もが同じ答えに行き着いた。
互いの顔を見合わせ、ようやく胸を撫で下ろす。

「………おおきにな、卯ノ花さん」

治療を終えた平子が、静かに礼を告げた。

しかし、卯ノ花は彼に背を向けたまま答える。

「……何故、お礼を言うのですか?
『仲間』の命を救うのに、
お礼の言葉などいりません」

その言葉に、平子はわずかに視線を落とした。

仲間。

自分たちを、そう呼んでくれた。

長い年月の中で、尸魂界から追われ、
死神としての居場所を奪われた彼らにとって、
その一言がどれほどの意味を持つのか。

平子は卯ノ花の背中を見つめながら、
小さく呟いた。

「………仲間のつもりなんかないわ、ボケェ。
…って、ひよ里やったら言うやろなァ」

いつもの調子を取り戻そうとするように、
口元に笑みを浮かべる。

そして、もう一度、今度ははっきりと告げた。

「……おおきにな、卯ノ花さん」

それでも、平子の表情から
不安が消えることはなかった。

藍染を追い、尸魂界へ向かった紫乃。

彼女が今、どうなっているのか。
それを知る術はなかった。

生きていてくれれば、それでいい。

ただ、それだけを願っていた。

現世の倉庫で顔を合わせたとき、
平子は紫乃に対し、
自分たちは味方ではないと告げた。
強引な別れ方をしたことも、
平子の胸に残っている。

今さら、共に藍染を倒した喜びを
分かち合う必要などない。

そもそも、そんなことを望む資格が
自分にあるのか。

平子はそう自分に言い聞かせ、
紫乃のことを考えないようにしていた。

――しかし、そんな彼の胸中など
知る由もないリサが、あっさりと口を開いた。

「真子、紫乃のとこ行かんでええんか?」

「……アホか」

平子は、がくりと肩を落とした。

「尸魂界に行っとんねん。俺らがそう簡単に出入りできるわけないやろ」

「今ならバレへんやろ」

リサは平然と言ってのける。

「お前と違うねん……」

平子は呆れたように返した。

「でも、僕らこれからどうするん? 藍染も倒したことやし……」

ローズが問いかける。

「さァな。流れに身を任せてみるわ」

平子は、いつものように気の抜けた調子で答えた。

藍染との因縁には、ひとまず決着がついた。

けれど、失われたものが戻ってくるわけではない。百年以上にわたる時間も、奪われた居場所も、そして、あの頃のまま止まってしまった関係も。

これから先、自分たちがどこへ向かうのかは分からない。

ただ一つ、平子の胸には、まだ確かめられていない願いが残っていた。

紫乃が、生きていること。

それだけでよかった。







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