受け継ぐ


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障子越しに朝日が差し込み、
寝屋の中を淡く照らしていた。

紫乃はゆっくりと目を開けると、
布団から身を起こした。
いつもと変わらぬ朝。
けれど、今日という日が
これまでとは違うことを、
彼女は十分に理解していた。

身なりを整え、いつもの死覇装を纏う。
長い髪をひとつに結い上げ、
白い指抜き手袋をはめる。
ここまでは、昨日までと何ひとつ変わらない。

しかし、今日からは違う。

紫乃は傍らに置いてあった
白い隊長羽織を手に取った。

隊長羽織は、浮竹のような長袖と、
朽木のような袖なしから選ぶことができた。
戦闘時の動きやすさだけを考えるなら、
袖のないものが適しているだろう。
それでも紫乃は、浮竹と同じ長袖の羽織を選んだ。

実際に袖を通してみると、
やはりこちらのほうがしっくりくる。

羽織の前を整え、胸元で椿の装飾が施された
羽織紐を留める。
戦闘中に羽織がはだけるのを防ぐためでもあるが、
ほんの少しだけ、自分らしさを加えたかった。

鏡に映る姿を見つめ、紫乃は小さく息を吐いた。

隊長羽織を纏っただけで、
心なしか肩に重みを感じる。
もちろん、布そのものの重さではない。
これから自分が担うことになる責任を、
改めて意識したからだろう。

そう考えると、京楽隊長の姿が頭に浮かんだ。
あの人は隊長羽織の上から、
さらに女性物の羽織まで肩に掛けている。
あれほど重ねていて、よく動けるものだ。

思わずそんなことを考え、
紫乃はわずかに口元を緩めた。

やがて身支度を終えると、寝屋を出た。

十三番隊隊舎で目覚めるのも、今日が最後になる。

荷造りはすでに済んでおり、
隊長就任の儀が執り行われている間に、
三番隊の隊舎へ運ばれることになっていた。
つまり、ここを出れば、もう戻ってくることはない。

そう思いながら、
紫乃は浮竹が療養している
別棟へと足を向けた。

「浮竹隊長、おはようございます。紫乃です」

声を掛けると、室内から
「入っていいぞ」と返事があった。

紫乃が襖を開けると、
浮竹は茶を飲みながら本を読んでいた。
彼女に気付くと本から顔を上げ、穏やかに微笑む。

「おはよう」

「おはようございます」

互いに朝の挨拶を交わしたところで、
浮竹の視線が紫乃の姿を捉えた。

白い隊長羽織を纏った彼女を見て、
浮竹は目を輝かせる。

「おおー、似合ってるじゃないか!」

思いのほか嬉しそうな反応に、
紫乃は少し照れくさそうに笑った。

「ありがとうございます」

「いやあ、こうして見ると、
いよいよだな。紫乃が隊長か……」

感慨深げに呟く浮竹を前に、
紫乃は改めて背筋を伸ばした。

「今日まで、本当にお世話になりました」

そう告げて、深く頭を下げる。

浮竹は一瞬目を丸くしたものの、
すぐに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「相変わらず丁寧な奴だな」

「これくらいは、
きちんとお伝えしておきたかったので」

「そうか。なら、ありがたく受け取っておこう」

浮竹はそう言って、柔らかく目を細めた。

今日は、ついに隊長就任の儀が執り行われる日だ。

式を終えれば、紫乃は十三番隊を離れ、
三番隊隊長として新たな職務に就く。
長く過ごした隊舎も、慣れ親しんだ寝屋も、
今日を境に自分の居場所ではなくなる。

この別棟にも、これまでのように気軽に
顔を出す機会は減るだろう。

そう考えると、わずかな寂しさが胸をよぎった。

けれど、浮竹はそんな紫乃の感傷を
見透かしたかのように、いつもの調子で言った。

「たまには顔を出して、茶でも飲もうな! 
もうお互い隊長なんだから、
紫乃も固くなりすぎるなよ!」

「はい……」

紫乃は苦笑した。

浮竹や京楽、卯ノ花は、総隊長に並ぶほど
長く隊長を務めてきた重鎮だ。
そんな相手に、これまで以上の気軽さで
接するのは、そう簡単なことではない。

それでも、浮竹がそう言ってくれることは
素直に嬉しかった。

「では、また改めて伺います」

「ああ。待ってるよ」

浮竹にもう一度会釈をして、
紫乃は別棟を後にした。




一番隊隊舎へ向かうため、
出入り口へと足を進めた、そのときだった。

「花房ふ……隊長!」

背後から聞き覚えのある声がした。

紫乃が振り返ると、
こちらへ駆け寄ってくるルキアの姿があった。

「ルキア」

「は、花房隊長!」

「今、副隊長って呼び止めようとしたでしょ?」

紫乃が悪戯っぽく尋ねると、
ルキアはぎくりと肩を揺らした。

「も、申し訳ありません!」

「ふふっ……冗談だよ」

紫乃が楽しげに笑うと、
ルキアは恥ずかしそうに頬を染めた。
それでもすぐに気持ちを切り替え、姿勢を正す。

「花房隊長、ご昇進おめでとうございます!」

「ありがとう」

「花房隊長には、未熟な私に
たくさんのことを教えていただき、
何度も助けていただきました。
本当に感謝しております!」

ルキアは真っ直ぐに紫乃を見つめ、言葉を続けた。

「私もいつか、花房隊長のような
隊長になれるよう、これからも精進します!」

勢いよく言い切ったルキアに、
紫乃は柔らかく微笑んだ。

「……ありがとう。
今日から隊長に就任するとはいえ、
尊敬されるような隊長になれるかは、
まだ分からないけれど」

そう言って、紫乃は白い羽織の袖を軽く整えた。

「それでも、尊敬され続けるように頑張るよ」

そして、ルキアの左腕に目を向ける。
そこには、十三番隊副隊長に任命された証である
副官章が付けられていた。

「だから、浮竹隊長のこと、
よろしくね。朽木副隊長」

「はい!」

凛とした返事が返ってきた。

そう、朽木ルキアは、このたび
十三番隊副隊長に昇任したのだ。

紫乃の三番隊隊長への昇任が決まった際、
彼女は自ら浮竹に、後任として
ルキアを推薦していた。
浮竹もその推薦に賛同し、
ルキアは正式に副隊長へと任命されたのである。

左腕に副官章を付けているのも、
この後、一番隊隊舎で執り行われる
隊長就任の儀に参列するためだった。

ルキアの返事には、緊張だけでなく、
新たな責任を引き受ける覚悟が感じられた。

その姿を見て、紫乃の胸にも温かなものが広がる。

これからは、自分が三番隊を率いるように、
ルキアもまた十三番隊を支えていくのだ。

頼もしく成長していく後輩の姿に、
紫乃は励まされる思いだった。

「それじゃあ、行ってくるね」

「はい。どうか、お気をつけて」

「ありがとう。ルキアもね」

最後に微笑みを交わし、
紫乃は一足先に一番隊隊舎へと向かった。

白い隊長羽織の裾が、朝の風に静かに揺れる。

長く身を置いた十三番隊を離れ、新たな場所へ。

これまで自分を支えてくれた人々への感謝を胸に、
紫乃は隊長としての第一歩を踏み出した。









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