肩を並べて


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一番隊隊舎に到着した紫乃は、
本殿へと続く道を歩いていた。

隊舎の敷地内には、隊長就任の儀に臨む者たちが
次々と集まり始めている。
白い隊長羽織を纏った紫乃の姿は、
これまでとは違う印象を周囲に与えていた。

「花房隊長!」

明るい声に呼び止められ、
紫乃が振り返ると、そこには日番谷と乱菊がいた。

「日番谷隊長、乱菊。おはようございます」

紫乃が丁寧に挨拶すると、
日番谷は彼女の姿を眺め、
感心したように口を開いた。

「様になってるじゃねえか」

「ありがとうございます」

「もう隊長なんだ。
敬語じゃなくて、好きに呼べよ」

日番谷はそう言って、気さくに笑った。

「そうですよー!歴で言ったら大先輩なんですから!
むしろ、遅咲きなくらいでしょ!?」

隣から乱菊がいつもの調子で口を挟む。

紫乃は困ったように笑った。

「もっと大先輩がいるんだから、
私は中堅くらいにさせてよ」

「謙遜しちゃってぇ!」

「謙遜じゃなくて、事実なんだけど?」

紫乃がすかさず返すと、乱菊は楽しそうに笑った。

そのやり取りを横目に見ていた日番谷は、
呆れたように溜息を吐く。

「お前らな……」

そんな声も気に留めず、
二人はしばらく軽口を交わしていた。

そのとき、また別の足音が近づいてくる。

「花房紫乃」

名を呼ばれて目を向けると、
朽木白哉がこちらへ歩いてくるところだった。
その後ろには阿散井恋次の姿もある。

「花房隊長、ご昇進おめでとうございます」

恋次が礼儀正しく頭を下げた。

「ありがとう、恋次」

紫乃が微笑んで礼を返すと、
白哉も足を止め、彼女を見下ろした。

「……隊長就任、おめでとう」

「え?」

思わず紫乃の目が見開かれる。

それは恋次も、日番谷も、乱菊も同じだった。

人付き合いに積極的とは言い難い白哉が、
自ら足を止めて昇進を祝う。
しかも、わざわざ言葉にして伝えるなど、
そうそうあることではない。

紫乃はわずかな驚きを残したまま、姿勢を正した。

「……ありがとうございます」

「……やっと私と対等になったな」

白哉の言葉に、紫乃は一瞬だけ彼の顔を見つめた。

けれど、その真意を深く尋ねることはせず、
苦笑を浮かべる。

「そうですね……。私が去らないと、
ルキアも歯痒いでしょうから」

紫乃の言葉に白哉は話を続けた。

「副隊長への昇任……君が推薦したそうだな」

「ええ。それでも、浮竹隊長も同意見でしたよ。
妥当な判断であることは、
貴方が一番よく理解しているのでは?」

紫乃がそう問い返すと、白哉は何も答えなかった。

その沈黙こそが、彼の返答だった。

そのとき、白哉の背後から凛とした声が響いた。

「邪魔だ。狭い通路の真ん中で立ち話をするな」

声の主は砕蜂だった。その後ろには、
大前田が堂々とした足取りで続いている。

「……すまぬ」

白哉が短く詫び、道の端へと移動する。

恋次、日番谷、乱菊もそれに倣い、
紫乃も一歩下がった。

「フン……」

砕蜂は鼻を鳴らし、
そのまま通り過ぎるかと思われた。

しかし、紫乃の前まで来たところで、
ふいに足を止める。

「……?」

紫乃はわずかに首を傾げた。

二番隊を追われて以来、
どうにも砕蜂とは顔を合わせづらかった。
かつては共に夜一に仕えていた身でありながら、
あの一件を境に、
互いに距離を置くようになっていたのだ。

紫乃が伏せていた視線を上げると、
砕蜂は相変わらず厳しい目でこちらを見つめていた。
然し、睨んでいた目が下に落とされると、

「花房紫乃…その……過去の件は、
上からの決定とはいえ……す、すまなかった」

途切れ途切れの言葉だった。

紫乃は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

砕蜂が、自分に謝罪している。

その事実に驚いている間にも、砕蜂は言葉を続けた。

「夜一様が無罪であることは、
双極の一件の頃から分かってはいた。
だが、今日まで遅くなってしまった…。
あの時、貴様が単独で動き、
職務を放棄した罪として、
追放する判断を下したが、」

砕蜂は悔しげに唇を引き結んだ。

「貴様が気絶し目覚めなかった理由も、
二番隊を追放されたことも、
藍染が仕向けたことだったと報告を受けた。
私は……まんまと奴の思惑に乗せられた側だった。
そのことを、申し訳なく思っている」

小柄な砕蜂が、いつにも増して小さく見えた。

厳格で、己にも他人にも妥協を許さない彼女が、
こうして頭を下げている。

紫乃はしばらく言葉を失っていたが、
やがてそっと手を伸ばした。

そして、砕蜂の頭に手を置き、軽く撫でる。

「砕蜂……」

突然のことに、砕蜂の肩がぴくりと跳ねた。

かつては同じ主に仕え、
互いの背中を預けることもあった二人だ。
本来なら、こんなふうに
気遣い合うこともできたはずだった。

それなのに、いつしか互いに距離を置き、
言葉を交わすことさえ難しくなっていた。

「藍染の思惑だったとはいえ、
私は二番隊に向いていなかったと、
あの頃から思っていたの。
どのみち、いつかは十三番隊への移籍を
希望していたと思う」

紫乃は穏やかな声で続けた。

「あの頃は、とても辛かったけれど……
それは貴方も同じだったはず。
だから、もう負い目を感じる必要はないわ」

責めるつもりなどなかった。

あのときの砕蜂にも、
彼女なりの立場と責任があったのだろう。
藍染に仕組まれたこととはいえ、彼女もまた、
真実を知らぬまま翻弄された一人だった。

紫乃の言葉を聞き、
砕蜂はしばらく黙り込んでいた。

やがて、ふいと顔を背ける。

「……フン。同等になった途端、
随分と馴れ馴れしいな」

「そう?」

「第一、まだ儀は始まっていないのだぞ。
気安く頭を撫でるな!」

そう言って紫乃の手を払いのける。

「甘え……私が寄り添うのは夜一様だけだ!」

語気こそ強かったものの、
その顔は赤く染まっていた。

怒っているようにも見えるが、
どうやら照れているらしい。

紫乃はこらえきれず、小さく笑みをこぼした。

「ふふっ……ごめんなさい」

「フン!」

砕蜂は再び鼻を鳴らすと、
今度こそ足音を強く響かせながら
本殿へと向かっていった。

その後ろ姿を見送っていると、
大前田が慌てた様子で紫乃に声を掛けてくる。

「お、親父から昇任祝いの酒を預かってるんで、
後で持っていきます!」

「ありがとう。楽しみにしているね」

紫乃が礼を言うと、大前田はほっとしたように
頭を下げ、砕蜂の後を追っていった。

一連のやり取りを見ていた乱菊が、
感心したように呟く。

「花房隊長も年齢不詳ですよねー。
二番隊にいたなんて知りませんでした」

紫乃は苦笑を浮かべた。

「自慢するようなことじゃないからね」

「でも、なんだか納得しちゃいました。
あの砕蜂隊長とあんなふうに話せるなんて」

「昔の話よ」

紫乃はそう言って、話を切り上げた。

やがて、紫乃たちも本殿へと向かう。

道中では卯ノ花や狛村、京楽からも、
直接昇任の祝いの言葉を掛けられた。
紫乃はその一つひとつに礼を返しながら、
少しずつ高まっていく緊張を胸の奥に感じていた。

そして、ついにその時が訪れる。

新隊長着任の儀が執り行われる本殿。
その大きな扉の前に、紫乃は立っていた。

隣には平子真子と六車拳西が並んでいる。

百年以上前、紫乃がまだ二番隊に所属していた頃から、
彼らは隊長として護廷十三隊を支えてきた。
長い時を経て、それぞれが歩んできた道は
大きく変わった。それでも今、
こうして同じ場所に立っている。

紫乃は隣に立つ平子をそっと見上げた。

視線に気付いた平子が、こちらを向く。

目が合う。

いつものような軽口はなかった。
ただ、紫乃を見つめるその目には、
言葉にしなくとも伝わる何かがあった。

紫乃は静かに微笑み、前へと視線を戻した。

そのとき、本殿の内側から、
総隊長の威厳に満ちた声が響き渡る。

「これより、新隊長着任の儀を執り行う!」

重々しい声が静寂を貫く。

やがて、本殿の扉がゆっくりと開かれた。

まさか自分が隊長に昇任する日が来るとは、
紫乃自身も思っていなかった。

けれど、それ以上に不思議だったのは、
こうして百年以上前から敬愛してきた人々と肩を並べ、
同じ儀式に臨んでいることだった。

遠い昔、失い、離れ、
二度と交わることはないと思っていた道が、
今こうして再び重なっている。

紫乃は白い隊長羽織の裾を揺らし、
平子、六車と共に一歩を踏み出した。

過去を胸に、今度は自分が隊を導く者として。

花房紫乃は、護廷十三隊三番隊隊長に着任した。








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