選択
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阿散井恋次を三番隊へ任せた紫乃は、
地下通路を歩いていた。
瀞霊廷を包む喧騒も、
ここまで下りてくれば遠いものになる。
静まり返った地下通路に、
自分の足音だけが小さく響いていた。
紫乃は歩みを止めることなく、
周囲へ意識を向ける。
二つの霊圧。
その傍らに、ひどく弱々しい霊圧が一つ。
先ほどの旅禍と、山田花太郎。
そして、その二つの霊圧に守られるようにして、
もう一つの霊圧がある。
黒崎一護。
先ほどの戦闘で負った傷を、
花太郎が治療しているのだろう。
紫乃はその霊圧を辿りながら、
ゆっくりと地下通路を進んでいった。
やがて、通路の先に少し開けた場所が見えてくる。
そこには、先ほどの旅禍の一人と
山田花太郎がいた。
花太郎は傷ついた一護の傍らに座り、
懸命に回道を施している。
紫乃の姿を認めた瞬間、
旅禍の男が咄嗟に身構えた。
一護と花太郎を庇うように、
その前へ立ちはだかる。
もう一人の旅禍――志波岩鷲だった。
「何しに来た、お前!」
警戒心を剥き出しにした声が、地下通路に響く。
紫乃は足を止めた。
向けられた敵意を理解しても、
刀に手を掛けることはない。
むしろ岩鷲を刺激しないよう、
穏やかな表情を浮かべる。
「あ……違うの。
捕えにきたわけじゃなくて、
様子を見に来たの」
静かな声だった。
岩鷲は疑うように紫乃を睨みつける。
護廷十三隊の副隊長。
敵であるはずの死神が、何故ここへ来たのか。
その疑念が、岩鷲の表情から
ありありと伝わってくる。
紫乃はそんな視線を受け止めながら、
ゆっくりと両手を下ろした。
「警戒しなくて大丈夫。
彼の怪我が心配だっただけだから」
その言葉に、岩鷲の眉が僅かに動く。
目の前にいる紫乃からは、
少なくとも今、戦う意思は感じられなかった。
紫乃はそのまま一護の傍へ歩み寄る。
「さすが四番隊の席官は治療が早いね」
そう言って、花太郎の隣にしゃがみ込む。
薄暗い地下の明かりの中でも、
一護の顔はよく見えた。
先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていたとは
思えないほど、今は穏やかに眠っている。
紫乃はその顔を静かに見つめた。
やはり、よく似ている。
志波海燕に。
もちろん、顔が似ているだけだ。
そう分かっている。
それでも、こうして眠っている姿を
目の前にすると、胸の奥に残っている面影を
思い出さずにはいられなかった。
その背後から、岩鷲の声が飛んでくる。
「お前、アイツの副官ならこの処刑やめさせろよ。
黙って見過ごすのか」
紫乃の表情が僅かに曇った。
そんなことが出来るなら、とうにそうしている。
ルキアの罪が軽いとは思っていない。
けれど――極刑になるとは思っていなかった。
浮竹が動いても覆らなかった決定。
自分が十三番隊の副隊長として
どれだけ動いたところで、
今の自分一人ではどうにもならない現実。
言い返したい言葉はいくつもあった。
けれど、それを飲み込む。
そして、紫乃は岩鷲を真っ直ぐ見た。
「見過ごさない」
迷いのない声だった。
花太郎が驚いたように顔を上げる。
「手を貸して下さるんですか!?」
紫乃は花太郎へ視線を向け、
静かに首を横に振った。
「直ぐに同行はできないけど、
明日、ルキアのいる殲罪宮までは来て欲しい」
「明日……?」
「彼が目覚めるのは、たぶん翌朝。
だから、それ以降に来て。到着は昼前くらいかな」
紫乃は一護を見ながら、淡々と予定を伝える。
岩鷲は納得がいかない様子で舌打ちした。
「結局、自力で行けってのかよ」
「向かうだけなら簡単だよ」
紫乃は困ったように笑った。
「問題は、その後だから」
岩鷲が黙る。
その言葉の意味を、彼も理解したのだろう。
殲罪宮へ辿り着くこと。
そして、その先にあるもの。
ルキアを救うということ。
どちらも簡単な話ではない。
紫乃は立ち上がった。
「そろそろ戻らなくちゃ」
そして、二人へ背を向ける。
「私のこと、信じなくてもいいよ。
そこは任せるから」
数歩進んだところで、紫乃は振り返った。
「約束の時間までには、私も殲罪宮にいるようにする」
それだけ告げると、紫乃は岩鷲たちに背を向けた。
遠ざかっていく足音を、岩鷲は黙って聞いていた。
何故だ。
何故、この死神はルキアを助けようとする。
死神なら、仲間だろうが見捨てる奴らではないのか
岩鷲には、紫乃の行動が理解できなかった。
ただ、先ほどの言葉だけが妙に引っ掛かっていた。
――見過ごさない。
その声には、ただの同情とは
思えないものがあった。
けれど、それ以上を考えるより先に、
岩鷲は眠る一護へ視線を戻した。
ただ一つ確かなのは――
紫乃自身もまた、覚悟を決めたということだった。
阿散井恋次が一護に託した想いを知った。
そして、自分自身もまた、
ルキアを救うために動く。
その決意を胸に、紫乃は地下通路を抜けていった。
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