ゆっくりと
*
新隊長着任の儀を終え、
本殿から隊長たちが次々と退出していく。
紫乃は、その流れの中で六車と話している
平子に目を向けていた。
百年以上ぶりに隊長へ復帰した平子の装いは、
ほかの隊長たちと比べても
ひときわ目を引くものだった。
死覇装の首元には、ネクタイを思わせる
白い布が巻かれ、その上にはスーツの下に着る
ジャケットのような白い上着を重ねている。
さらに、その上から隊長羽織を纏っているため、
全体的に白の面積が多い。
一方の六車は、かつてと変わらず、
死覇装も隊長羽織も袖のない装いだった。
鍛え抜かれた腕が露わになり、
彼らしい実直さと力強さが感じられる。
二人の姿を何気なく眺めていた紫乃だったが、
やがて平子と目が合った。
見すぎてしまった。
そう思った紫乃は、気付かれないうちに
本殿を出ようと足を向けた。
「紫乃」
背後から声を掛けられ、思わず足が止まる。
振り返ると、平子が六車との話を切り上げ、
こちらへ歩み寄ってきていた。
「何で何も言わんと、行こうとすんねん」
どこか不満げな顔をしている。
「あ…その、お話中だったので……」
紫乃は歯切れ悪く答え、
気まずさを誤魔化すように視線を逸らした。
そんな様子に、平子は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたん?」
そう言って、紫乃の顔を
覗き込むように身を屈めた。
不意に視線が重なる。
紫乃の頬が、みるみるうちに赤く染まった。
「……っ」
空座町での決戦が終わった後、紫乃は平子と共に、
ようやく戦いが終わったことを分かち合った。
そのとき、張り詰めていたものが
一気にほどけた紫乃は、
平子の胸を借りて大泣きしてしまったのだ。
あのときは、抑え込んできた百年以上の苦しみも、
失った人々への思いも、すべてが溢れ出していた。
けれど、時間が経って冷静になった今、
思い返すとどうにも気恥ずかしい。
平子の胸に顔を埋めて泣いたことなど、
今さらどんな顔をして接すればいいのか分からない。
もっとも、平子にしてみれば、
紫乃がなぜ急に顔を赤くしているのか、
見当もつかないのだが。
「え……?」
紫乃の反応に、平子まで困惑した声を漏らした。
このままでは、余計なことまで察されてしまう。
紫乃は慌てて気持ちを切り替え、
平静を装うように口を開いた。
「し、死覇装の装い、珍しいですね。
現世の流行を取り入れたのですか?」
あまりにも唐突な話題転換だった。
平子は一瞬きょとんとしたものの、
すぐに自分の襟元へ目をやった。
「あ、ああ。そうやねん……。
このネクタイ、気に入っててな。
落ち着かんと、こうなってしもうて……」
どこか落ち着かない様子で答える平子に、
紫乃はようやく笑みを浮かべた。
「凄くお似合いですよ」
「……紫乃も似合っとるで」
平子はそう言って、今度は紫乃の白い隊長羽織へと
視線を落とした。
長袖の羽織は、彼女の落ち着いた佇まいに
よく馴染んでいる。
胸元に留められた椿の羽織紐が、
控えめながらも紫乃らしい個性を添えていた。
「ありがとうございます」
紫乃は微笑んで礼を言うと、
話を切り上げるように一歩退いた。
「では、これから忙しくなるので、
もう行きますね」
「ああ、無理せんといてな」
「真子さんもですよ」
人ごとのように気遣う平子の言葉に、
紫乃は思わず笑ってしまった。
平子もまた、百年以上の時を経て
隊長へ復帰したばかりなのだ。
これからは五番隊の隊長として、
慣れない仕事や新たな責務を引き受けることになる。
昔とは隊の体制も仕事の進め方も
変わっているのだから、決して楽なはずがない。
それなのに、自分のことは棚に上げて、
こちらばかり気遣ってくる。
その様子がおかしくて、つい笑みがこぼれた。
けれど、そこでふと、
紫乃は何かを思い出したように足を止めた。
「……桃。五番隊の副隊長は、
まだ療養中でしたよね?」
雛森のことだった。
空座町での決戦で、
雛森は藍染の鏡花水月に翻弄され、
味方の刃を受けて重傷を負った。
紫乃自身もまた、藍染の催眠に囚われたまま
戦場に立っていたとはいえ、
雛森を戦いへ送り出した者の一人として、
彼女のことをずっと気に掛けていた。
そして、これからは平子が、
その雛森の上司となる。
「……みたいやな」
平子の表情から、先ほどまでの軽さが消えた。
紫乃は静かに頷いた。
「何かご不便があれば、頼ってくださいね」
「近々、頼りに行くと思うわ」
平子はそう言って、少しだけ表情を和らげた。
「お待ちしていますね」
紫乃は微笑み、今度こそ平子に背を向けた。
本殿を出ると、廊下には
三番隊副隊長の吉良が待っていた。
「ごめんなさい、吉良くん。待たせたよね」
紫乃が声を掛けると、
吉良は静かに首を横に振った。
「いえ、問題ありません」
「そう?じゃあ、行こうか」
「はい」
二人は並んで歩き出した。
吉良は紫乃の半歩後ろを歩いている。
それは副隊長として、ごく自然な立ち位置だった。かつて紫乃自身も、浮竹の半歩後ろを歩いていた。
隊長を支える者として、
その距離感には慣れていたはずだ。
けれど、今は自分が先を歩き、
吉良がその後ろに続いている。
たった半歩の違い。
それでも、立場が変わったことを
否応なく実感させられた。
これまでは、自分が隊長を支える側だった。
これからは、自分が隊を率い、
吉良をはじめとする隊士たちを導いていく。
その役目を果たせるのか、
まだ実感が追いつかない部分もある。
紫乃は前を向いたまま、
隣ではなく半歩後ろに続く
吉良の気配を感じていた。
新たな隊長としての日々は、
こうして静かに始まっていくのだった。
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