明けた朝


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翌朝。

湯浴みを済ませた吉良は、
まだ重たい頭を抱えながら
三番隊の執務室へと向かっていた。

昨夜、花房紫乃と酒を酌み交わしたまではよかった。
問題は、その後だ。

気がついた時には朝になっており、
紫乃の姿は部屋になかった。
代わりに、自分の身体には毛布が掛けられていた。
どうやら彼女は先に目を覚まし、
身支度を整えて出ていったらしい。

隊長就任初日から、何たる失態だろう。

吉良は昨夜の自分を恥じた。
新たな上官との親睦を深めるはずが、
揃って酔い潰れるなど、
三番隊副隊長として情けないにもほどがある。

しかも、二日酔いは未だに抜けきっていない。

せめて仕事だけは滞りなくこなそう。
そう自分に言い聞かせ、
吉良は執務室の障子を開けた。

「おはよう、イヅル」

室内から聞こえた声に、吉良は目を見開いた。

紫乃はすでに執務机に向かい、書類を広げていた。
走らせていた筆を止め、こちらを振り向くと、
いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる。

「は、花房隊長……! おはようございます!」

慌てて背筋を伸ばし、吉良は頭を下げた。

「お……お早いですね」

「湯浴みをしたら早く目が覚めたから、
先に終わらせようと思って」

紫乃は何でもないことのように答え、
再び書類へと視線を落とした。

その顔には、昨夜あれほど酒を飲んだ者とは
思えないほど爽やかな笑みが浮かんでいる。
二日酔いの気配など微塵もない。

吉良は思わず眩しさに目を細めた。

噂には聞いていた。花房紫乃は酒に弱い。
酔えば普段の落ち着いた様子からは
想像もつかないほど人懐こくなり、
最後には酔い潰れてしまうのだと。

しかし、その翌朝には
酔っていた時のことをすっかり忘れ、
二日酔いに苦しむこともなく、
何事もなかったかのように振る舞うらしい。

どうやら、その噂は本当だったようだ。

昨夜の醜態を悔やみ、
朝から頭を抱えている自分が、
何だかひどく馬鹿らしく思えてくる。

つまり、気にした側が損をするだけなのだ。

吉良は小さく息を吐き、
昨夜のことをこれ以上引きずらないと決めた。

紫乃は静かに筆を滑らせ、
吉良は彼女が処理を終えた書類を受け取り、
内容を確認しながら仕分けていく。

後任者が決まるまで隊長業務も兼任していた吉良には、
三番隊の仕事がどれほど煩雑なものか、
よく分かっていた。

だからこそ、驚かずにはいられなかった。

昨日、簡単に説明したばかりの書類の処理方法を、
紫乃はすでに覚えていた。
しかも、どの書類も不備なく、正確に処理されている。

初めて扱うはずの業務でありながら、
迷いのない筆運びだった。

さすがは長年、
護廷十三隊で務めてきた人物というべきか。
仕事の呑み込みが早いだけでなく、判断も的確だった。

朝早くから取りかかったこともあり、
十時を迎える頃には、
本日分の仕事はすべて片づいていた。

紫乃は最後の書類に目を通すと、筆を置いた。

「じゃあ、それを各隊に届けておいてね」

「はい」

吉良は紫乃からまとめられた書類を受け取った。

その直後、紫乃が席を立つ。

「何処へ行かれるのですか?」

「桃の様子を見に行くけど、イヅルも行く?」

何気ない問いかけだった。

しかし、吉良の表情からは、
わずかに笑みが消えた。

「いえ……自分は、別の仕事があるので。
隊長お一人で行ってきてください」

そう答え、吉良は視線を落とした。

藍染惣右介を殺した犯人だと疑い、
市丸ギンに刃を向けた雛森。
その時、吉良もまた、彼女に刀を抜いていた。

結果として、
二人は規律違反により幽閉されることとなった。
処罰こそ免れたものの、吉良の中では、
未だに割り切れない思いが残っているのだろう。

雛森と顔を合わせることに、
気まずさを感じているのかもしれない。

紫乃はそれ以上、何も尋ねなかった。

「そっか」

ただ静かに頷くと、
吉良を残して執務室を後にした。





◇


三番隊隊舎を出た紫乃は、
四番隊隊舎へと足を向けた。

向かった先は救護舎。
そこで卯ノ花烈に声をかける。

「卯ノ花隊長、お疲れ様です」

「あら、花房隊長。お疲れ様です」

穏やかに挨拶を返した卯ノ花は、
紫乃の顔を見ると小首を傾げた。

「どうされました?」

「桃のことが気になって。具合はどうですか?」

紫乃の問いに、卯ノ花は静かに答えた。

「病状はもう安定しています。
ただ、精神的な問題は長引きそうですね。
何せ、藍染の完全催眠によってとはいえ、
隊長たちに攻撃を受けたのですから。
彼女にとっては、相当な衝撃だったでしょう」

その言葉を聞き、紫乃はわずかに視線を落とした。

雛森が受けた傷は、
身体に刻まれたものだけではない。

信じていた相手に裏切られ、
戦場では自分の意志とは無関係に
仲間を傷つけてしまった。しかも、
その刃は、彼女が慕う者たちに向けられたのだ。

どれほどの苦しみを抱えているのか、
想像することさえ容易ではなかった。

「そう……ですよね」

紫乃は一度言葉を切り、
ためらいがちに口を開いた。

「実は……桃を戦場に出すと
判断したのは私なんです。
もっと慎重になるべきでした」

自分の判断が、
彼女を再び傷つけることになったのではないか。

その思いが、紫乃の胸にわだかまっていた。

しかし、卯ノ花は首を横に振った。

「貴方が責任を感じることはありませんよ」

静かな声だったが、
その言葉には確かな重みがあった。

「戦場に出て、藍染を敵として対立しなければ、
彼女の中に打ち込まれた楔を
断ち切ることもできなかったでしょうから」

紫乃は顔を上げた。

卯ノ花の言葉は、
雛森が受けた傷を軽んじているわけではない。
彼女がこれから立ち直るためにも、
藍染と向き合うことには意味があったのだと、
そう伝えているのだ。

それでも、すべてが正しかったと
簡単に割り切れるわけではない。

紫乃は小さく息を吐いた。

「……ありがとうございます」

「彼女のことは五番隊が支えるでしょうから、
貴方は三番隊を支えてあげなさい」

続けられた言葉に、紫乃は苦笑した。

返す言葉もないほどの正論だった。

今の自分には、新たに任された隊をまとめ、
そこにいる者たちを支えていく責任がある。
雛森を案じる気持ちは変わらないが、
彼女を支える役目を担う者が、
自分だけというわけでもない。

「……はい」

紫乃が素直に頷くと、卯ノ花はふと、
その視線を彼女の背後へと向けた。

「ほら、噂をすれば五番隊隊長が来られましたよ」

「え?」

紫乃は聞き返し、
卯ノ花の視線を追うように振り返った。

そこには、見慣れた金髪の男が立っていた。

「真子さん……」

紫乃と卯ノ花、二人の視線が一斉に向けられ、
平子真子は気まずそうに頭を掻いた。

「なんや、噂の男登場…みたいな顔せんといてや」








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