もしも


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平子もまた、雛森の様子を見に来ていたらしい。

卯ノ花から話を聞いた平子は、
紫乃と共に四番隊隊舎を後にした。

並んで歩く二人の間に、しばらく会話はなかった。

やがて、平子が口を開いた。

「副隊長と仲良かったん?」

「空座町決戦の前、
あの子に頼まれて修行を手伝っていたんです。
もちろん、総隊長からも許可を得ていました」

紫乃は歩みを進めながら、静かに答えた。

「その流れで、総隊長から、
藍染に洗脳されていた桃を戦場に出すかどうか、
私が判断を任されていたんです。
でも……こんな結果になってしまって……」

言葉の終わりとともに、紫乃の視線が落ちた。

その横顔を見た平子は、わずかに眉を寄せる。

「紫乃が責任負うことやないやろ」

先ほど卯ノ花から告げられた言葉と、
よく似ていた。

けれど、紫乃はすぐには頷かなかった。
困ったように眉を下げ、かすかな笑みを浮かべる。
その表情には、どうしても
納得しきれない思いが滲んでいた。

「……藍染は、桃を私だったと言っていたんです」

平子の足が、ほんのわずかに緩んだ。

「もちろん、あの男の言葉を
真に受けているわけではありません。でも……」

紫乃は言葉を切り、足を止めて
背後にある四番隊の救護舎へと視線を向ける。

「もし、私が五番隊に入隊していたら……
桃が、あんな目に遭わずに済んだ道も
あったのかもしれない。そう考えると、
どうしても彼女のことが気になってしまうんです……」

声は穏やかだった。けれど、その奥には、
簡単には拭い去れない悔恨が沈んでいた。

もし、あの頃の自分が五番隊に入隊していたら。

平子にも藍染にも忠誠を誓い、
二人を信じて疑わなかったかもしれない。
藍染の思惑にも気づけず、平子を失った後も、
彼を隊長として慕い続けていたのだろう。

そして、藍染の正体を知らぬまま、
彼を庇うために刀を抜き、最後まで
利用されていた未来さえあったのかもしれない。

そう考えれば、雛森が辿った道と、
自分が辿り得た道は、
どこかで繋がっていたようにも思えた。

もちろん、そんな仮定に
意味がないことは分かっている。

選ばなかった道の先に何があったのかなど、
誰にも分からない。雛森が受けた傷を、
自分が代わりに負えたわけでもない。

それでも、傷ついた彼女の姿を思い浮かべるたび、
胸の奥に小さな痛みが走るのだった。

平子は、救護舎を振り返ったままの紫乃を見つめた。

そして、深いため息を吐く。

「ほんま……何言うてんねん」

呆れたような声音だった。

紫乃が隣を見やると、
平子は真っ直ぐに彼女を見つめていた。

「もし、紫乃が五番隊に入隊してたら、
俺が紫乃を止めたる」

思いがけない言葉に、紫乃は目を瞬かせた。

「藍染なんかより、俺の方がええ男なんやって、
ちゃんと教えたるわ。
あいつには気ぃ付けやって忠告して、
好き勝手に利用なんかさせへんかった」

平子は、いつもの調子で軽口を叩く。
けれど、その眼差しは真剣だった。

「せやから、紫乃の未来と雛森の未来はちゃう。
紫乃が雛森の代わりになるわけでも、
雛森が紫乃の代わりになるわけでもない。
各々が歩んできた道は違うんや。
自分に責を負わせるのはやめ」

紫乃はしばらく平子を見つめていた。

やがて、その口元から、嬉しそうな笑みが零れた。

同時に、胸がきゅっと締め付けられる。

この人は、いつもそうだ。

自分が不安になった時、欲しかった言葉を、
欲しかった形で差し出してくれる。

ただ甘やかすわけではない。
冗談を交えた軽い言葉の中にも、
誠実さと優しさがある。
こちらの迷いを見透かしたうえで、
逃げ道を与えるのではなく、
自分の足で前を向けるようにしてくれるのだ。

平子なら、きっと雛森のことも支えてくれる。

その確信に、紫乃の胸から、
わずかに重荷が下りた。

けれど、それと同時に、
別の思いが胸の奥をよぎる。

もし、自分が五番隊にいたなら。

この人の隣で、彼を支えながら
歩む未来もあったのだろうか。

そう考えると、選ばなかった道が、
ほんの少しだけ羨ましくなった。

もちろん、今さら口にしたところで、
どうにもならない。

それに、そんなことを言えば、
平子はきっとまた呆れた顔をするに違いない。

紫乃は胸の奥に生まれた思いをそっと飲み込み、
代わりに穏やかな声で告げた。

「……ありがとうございます。
真子さんなら、桃も大丈夫ですね」

「ああ。こっちのことは
こっちで上手くやるから、任せとき」

平子は胸を張り、自信たっぷりに言い切った。

その姿があまりにも彼らしくて、
紫乃は思わず笑みを零した。

「ふふっ……」

「なんや、信用してへんのか?」

「いいえ。頼もしいなと思っただけです」

「そらそうやろ。ブランクあるとはいえ、
数十年隊長やってんねん」

得意げに言う平子に、紫乃はまた小さく笑った。

先ほどまで胸にわだかまっていた痛みが、
少しだけ和らいでいた。

すると、平子は何かを思い出したように
「あっ」と声を上げた。

「せや……この後、時間あるか?」

「本日分の仕事なら終わらせましたよ」

「相変わらず仕事早いやっちゃな」

平子は呆れたように苦笑した。

新しい隊長に就任したばかりだというのに、
もう今日の仕事を終えているとは。
紫乃の仕事ぶりは昔から知っているつもりだったが、
相変わらずの手際のよさである。

「それで、何かご用ですか?」

「ちょっと久しぶりに行きたいところがあんねん。
付き合ってくれへん?」

「行きたいところ……?」

紫乃は不思議そうに首を傾げた。

平子が自分をどこへ連れていこうとしているのか、
見当もつかない。

けれど、彼の表情には、
いつものふざけた笑みとは少し違う、
どこか懐かしむような色が浮かんでいた。

紫乃はそれ以上尋ねず、静かに頷いた。

「……はい」

「よっしゃ。ほな、行こか」

平子が歩き出し、紫乃もその隣に並ぶ。

二人は連れ立って、瀞霊廷の道を進んでいった。

平子が久しぶりに訪れようとしている場所が
どこなのか、紫乃はまだ知らなかった。








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