疑念


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翌日。

定例会のため、副隊長たちは
一番隊隊舎へと集まっていた。

いつもなら、既に全員が揃っていても
おかしくない時刻だった。

しかし、五番隊副隊長・雛森桃の姿だけが、
まだ見えない。

「……あの子が遅刻なんて珍しいわね」

松本乱菊が、時計へ視線を向けながら呟く。

紫乃もまた、閉じられた襖へ目を向けた。

「そうだね……何もないと良いけど」

その瞬間だった。

「――――っ!」

廊下の向こうから、雛森の悲鳴が響き渡った。

紫乃たちは一斉に立ち上がり、
声のした方へ駆け出す。



そこには、尻餅をついた雛森がいた。

何かを見上げたまま、顔から血の気が引いている。

「雛森副隊長!」

紫乃が声を掛ける。

しかし、雛森は答えない。

ただ、震える指先で上を指していた。

その視線を追うように、紫乃も顔を上げる。

――壁から、血が滴っていた。

「これは……!」

吉良が息を呑む。

その場にいた副隊長たちの間にも、
一瞬で緊張が走った。

壁に磔にされている男。

胸には、己の斬魄刀が深々と突き刺さっている。

そして、その顔を見間違えるはずもなかった。

「……藍染隊長」

紫乃の口から、驚きの声が漏れる。

五番隊隊長、藍染惣右介。

明らかに、既に事切れていた。

「藍染隊長!藍染隊長!
いやだ…嫌です!!藍染隊長!!」

雛森の悲痛な声が響く。

その直後だった。

背後から、場違いなほど
柔らかな声が聞こえてきた。

「何や、朝っぱらから騒々しいことやなァ」

紫乃たちが振り返る。

そこに立っていたのは、市丸ギンだった。

「……市丸隊長」

紫乃は思わずその名を呼ぶ。

何故、ここに。

そんな疑問が浮かんだ、その瞬間――。

「お前か!!」

雛森が叫んだ。

次の瞬間には、刀を抜いて
市丸へ斬りかかっていた。

「雛森!」

吉良が咄嗟に刀を抜き、その刃を受け止める。

「吉良くん! どうして……!」

「僕は三番隊副隊長だ! 
どんな理由があろうと、
隊長に剣を向けることは僕が許さない!」

「お願い……どいてよ、吉良くん……」

「それはできない!」

「どいてよ……どいて……!」

「だめだ!」

「どけって言うのがわからないの!!」

「だめだと言うのがわからないのか!!」

二人の声が激しくぶつかり合う。

やがて雛森が一歩後ろへ退いた。

その手に握られた斬魄刀へ、霊圧が集まる。

「弾け!『飛梅』!!」

刀身から放たれた火球が、吉良へ向かって飛ぶ。

轟音とともに爆発が起こった。

「……っ!」

吉良が身を翻して炎を躱す。

「こんな所で斬魄刀を……浅薄!」

吉良の声が響く。

「自分が何をしているか判っているのか! 
公事と私事を混同するな!雛森副隊長!!」

しかし、その言葉は雛森には届かなかった。

日番谷から聞かされた忠告。

三番隊には気をつけろ。

特に、市丸ギンには――。

今の雛森には、その言葉と
目の前の光景しか残っていなかった。

藍染を殺したのは、市丸だ。

そう信じ込んでいた。

「…そうか、それなら仕方ない……」

吉良が、ゆっくりと刀を構える。

「僕は君を……敵として処理する!」

刀を握る手に力が込められる。

「面を上げろ、『侘助』」

吉良の斬魄刀が始解する。

その瞬間――。

「動くなよ、どっちも」

低い声が、その場を制した。

日番谷冬獅郎が現れ、二人の間へ割って入る。

その刀が、雛森と吉良の刃を
同時に受け止めていた。

動きが止まった瞬間、
副隊長たちが一斉に二人を取り押さえる。

「日番谷く……」

「捕らえろ。二人ともだ」

雛森の声にも、日番谷は耳を貸さない。

「総隊長への報告は俺がする。
そいつらは拘置だ!連れて行け!」

命令を受けた副隊長たちが、
雛森と吉良を拘束する。

二人が連れて行かれていく中、
紫乃だけはその場に残っていた。

そして――。

「花房副隊長、なんのつもりなん?」

市丸の声が響く。

彼の前には、紫乃が立っていた。

鞘から抜かれる前の刀。

その鞘が、市丸の刀の進路を塞いでいる。

「そちらこそ、何のおつもりですか。市丸隊長」

紫乃は真っ直ぐに市丸を見つめた。

「雛森さんを、殺そうとしていませんでしたか」

誤魔化すつもりはなかった。

市丸は細めた目をさらに細くして、
いつものように笑う。

「刀抜かれたから、正当防衛や」

そう言って、ひらりと刀から手を離した。

「てめえ……」

日番谷が苛立った声を漏らす。

「日番谷隊長」

紫乃が静かに制した。

日番谷は一瞬だけ紫乃を見る。

それから、市丸へ視線を戻した。

「……今のうちに言っとくぞ」

その声には、明確な殺気が混じっていた。

「雛森に血ィ流させたら、俺がてめえを殺すぜ」

刀こそ抜かない。

だが、それが冗談ではないことは
誰の目にも明らかだった。

「そら怖い」

市丸は相変わらず笑っている。

「悪いやつが近づかんように、
よう見張っとかなあきませんな」

そう言い残すと、市丸はその場を離れていった。

その背中を見送りながら、紫乃は小さく息を吐く。

「……ふぅ」

そして、腰へ刀を戻した。

「……お前も、何か分かっているのか?」

日番谷が問い掛ける。

「何のことですか?」

「市丸のことだ」

紫乃は少しだけ目を伏せた。

「……あの人は昔から分かりづらい人なので、
私は何も」

そして、壁に磔にされた藍染へ視線を向ける。

「藍染隊長も……何故、殺されたのか」

その表情には、困惑が滲んでいた。

「争えば霊圧で感知出来るはずなのに……
その隙もなかった。分からないことだらけです」

藍染惣右介が、こんなにも呆気なく死ぬ。

紫乃には、どうしてもそう思えなかった。

日番谷はそれ以上、何も聞かなかった。

やがて一番隊隊士たちが現れ、
藍染の遺体を四番隊管轄の救護舎へ
運び出していく。

紫乃はその光景を見送った。

そして――。

約束の時間が来た。

向かう先は、ルキアが留置されている殲罪宮。

紫乃は一人、歩き出した。








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