邂逅
*
殲罪宮に囚われた朽木ルキアは、
長い間、牢の奥から差し込む
微かな光を見つめていた。
その光の向こうから、微かな霊圧を感じる。
先ほどから続いていた戦闘の音も、
今は聞こえない。
「音が……止んだ……。
霊圧も……消えた……二つとも……」
誰に届くこともない、
弱々しい声が静かな牢に落ちる。
「死んだのは誰だ……。
わからぬ……殺気石の乱反射で……
霊圧の痕跡がかき消えていく……」
殲罪宮は、霊子を遮断・分解する特殊な鉱石
――殺気石によって造られている。
外の様子を正確に知ることはできない。
だからこそ、ルキアには何が起きているのか
分からなかった。
ただ、自分が原因となって瀞霊廷に旅禍が侵入し、
戦いが起きている。
そして今、二つの霊圧が消えた。
それだけは分かっていた。
「何故だ……私の為に流れる血など、
あっていい筈がない……私は本当に……
血を流してまで救う価値のある者なのか……?」
胸の奥が締め付けられる。
自分のために、誰かが傷ついている。
もしかしたら、
命まで落としているのかもしれない。
そう思うだけで、ルキアの心は重く沈んでいった。
「教えてくれ……、……海燕殿……」
最後にその名を呟いて、
ルキアは膝を抱えるように小さく蹲った。
その時だった。
牢の外から、聞き慣れない声が聞こえてきた。
「夕べ、思ったんです……
一護さんがあんなに傷だらけになって
戦っているのに……
僕はただいつも逃げ回ってるだけなんて……
かっこ悪いじゃないかって……」
声の主は、山田花太郎だった。
「僕だってルキアさんを助けたい…
だから、その為にできるだけのことは
しようって…そう決めてたんです」
その言葉には、以前の気弱さとは違う
意思があった。
人質にされていると思われていた花太郎は、
自分自身の意思で一護たちに協力していたのだ。
「たとえ後で罰を受けることになっても…
って言っても、僕じゃせいぜい
こうやって鍵を盗んでくるぐらいしか
出来ないんですけど…
だから駄目なんですよね。僕……」
苦笑いを零す花太郎。
その声には、まだ自信のなさが残っていた。
「いや…充分なんじゃねえか……それでよ」
低い声が続いた。
そして、牢の扉の前に二つの人影が現れる。
先日の約束通り、山田花太郎と志波岩鷲が
殲罪宮まで辿り着いていた。
花太郎が借りてきた鍵を手に、
見張りが手薄になっていることを確認する。
「よし……」
小さく息を吐き、鍵穴へ差し込む。
ガチャガチャと音を立てながら鍵を回し、
牢の扉を開けた。
「しっかし昨日の女、まだ来ねえじゃねえかよ!
やっぱり嘘だったんじゃ……」
岩鷲の脳裏に浮かんでいたのは、
地下通路で出会った女――花房紫乃だった。
「まさか! あの人に限ってそんな……!」
花太郎が慌てて庇う。
だが、岩鷲は構わず牢の中へ足を踏み入れた。
「どうだかな……あ?」
そこで、足が止まった。
何もない部屋の中央。
そこに、朽木ルキアがぽつんと座っていた。
「……誰だ……?
一護の……仲間か……?」
ルキアは突然現れた二人を見上げ、困惑する。
「僕です、ルキアさん!
良かった!ご無事なんですね!」
嬉しそうに駆け寄る花太郎に、
ルキアはさらに目を見開いた。
「お前……花太郎!どうしてここに……」
「話は後です!さあ、岩鷲さん!
急いで……逃げま……あ……あれ……?
岩鷲さん……?」
花太郎が振り返る。
しかし、岩鷲は動かなかった。
いや――動けなかった。
ルキアを見つめたまま、その身体が固まっている。
そして、ルキアもまた岩鷲の姿に目を留めた。
衣に描かれた紋様。
それを見た瞬間、ルキアの表情が変わる。
「……その服の紋様…墜天の崩れ渦潮
……お前、志波家の者か…?」
「…え……?な…なんだ……
知り合いなんですか……?」
二人の間に流れる空気の変化を感じ取り、
花太郎が戸惑ったように声を漏らす。
岩鷲はしばらく黙っていた。
やがて、その顔に憎悪が浮かぶ。
「――ああ……知ってるぜ」
低く、震えるような声だった。
「忘れるもんかよ。そのツラ……」
一歩、ルキアへ近づく。
「そいつは……俺の兄貴を殺した死神だ」
憎しみの籠もった声が牢に響いた。
その瞬間。
ふわり、と背後から新たな霊圧が流れ込んだ。
「……!」
岩鷲が反応し、勢いよく振り返る。
「て、てめぇは……!」
そこに立っていたのは、花房紫乃だった。
紫乃は申し訳なさそうに岩鷲を見つめる。
「志波岩鷲……すみません。
地下で会った時から、気付いていました」
「な……!」
岩鷲が目を見開く。
「ちゃんと名を言ってませんでしたよね?」
紫乃は静かに告げた。
「私は十三番隊副隊長、花房紫乃。
彼が副隊長だった頃は、私は第三席でした」
一度だけ言葉を切る。
そして、静かに続けた。
「志波海燕の、後を継いだ者です」
「てめえが…!」
岩鷲の表情が一変した。
その怒りのまま紫乃へ掴みかかろうとした、
その時だった。
「花房副隊長、何故此処に!?」
ルキアの声が響いた。
「貴方がこのような事に加担したら…!」
「ただでは済まされない事だと思う」
紫乃は穏やかに答えた。
そして、ほんの僅かに苦笑する。
「早速……ただでは済まされない事に
なるみたいだけど」
そう言って、紫乃は岩鷲たちではなく、
その背後へ視線を向けた。
――ドクン。
心臓が大きく鳴ったように感じた。
空気が重い。
近づいてくる霊圧が、
身体に見えない重しを掛けてくる。
「な……何だ……!?」
岩鷲が身構える。
「何か……何か来る……!」
花太郎の顔から血の気が引いていく。
「……ぅあ……あ……ああ……あれは……!」
二人は互いに身を寄せるようにして、
迫り来る霊圧の主を見つめた。
足音が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
そして、殲罪宮の外から差し込む
明かりを背負い、人影が姿を現した。
逆光によって、その顔はまだ
はっきりとは見えない。
だが、その霊圧だけで十分だった。
ルキアは悟る。
――終わりだ。
やがて光の中から、その姿が露わになる。
六番隊隊長――朽木白哉。
静かな瞳が、牢の中にいる四人を捉えた。
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