現行犯


*




五番隊隊舎に、平子真子の大声が響き渡った。

「な、何やねん、これわあ!!」

その手に握られているのは、
瀞霊廷通信の最新号だった。

何気なく誌面に目を通していた平子は、
最後の頁に見覚えのある袋とじを見つけた。
興味本位で開いてみれば、そこに掲載されていたのは、
酒に酔って頬を赤らめた花房紫乃の写真だった。

一枚だけではない。
何枚かにわたって、普段の落ち着いた佇まいからは
想像もつかない、無防備な姿が収められている。

しかも、写真の下には、
これはあくまで宣伝企画であり、
反響次第では写真集の発売も検討している、
という趣旨の文面まで添えられていた。

「あいつ、何しとんねん!」

紫乃がこんな企画に自ら承諾するとは考えられない。

平子は改めて写真に目を凝らした。
すると、写真の端に、わずかに写り込んだ
金色のウェーブヘアが目に留まる。

松本乱菊。

おそらく、あの場で撮影した写真を、
本人に知らせず持ち出したのだろう。
そう考えれば、すべてに合点がいった。

「平子隊長! また仕事をサボって
雑誌なんか読んでる!」

向かいから雛森桃の呆れた声が飛んできた。
いつものように仕事を後回しにしていると
思われたのだろう。

だが、今の平子にそんな小言を
聞いている余裕はなかった。

「今はそれどころちゃうねん!」

「それどころって……」

雛森が怪訝そうに眉を寄せる。

平子は雑誌を握り締めたまま、
額に冷や汗を浮かべていた。

何よりもまずいのは、紫乃本人が
この袋とじを目にしてしまうことだった。

彼女は自分が酒に弱いことも、酔えば普段とは
違って人懐こくなることも知っている。
けれど、酔っている最中の振る舞いを
ほとんど覚えていない。

そんな自分の姿が写真に撮られ、
しかも瀞霊廷通信に掲載されているなど、
思いもよらないだろう。

普段の紫乃なら、多少のことでは動じない。
だが、自分の知らないところで醜態を晒され、
それが大勢の目に触れたと知れば、
恥ずかしさだけでは済まないはずだ。

「……いや、あかん。これは止めな」

平子は勢いよく立ち上がると、
雑誌を片手に足早に出口へ向かった。

「平子隊長!? ちょっと、まだお仕事が――!」

「悪い、雛森! 後頼むわ!」

「ええっ!? ちょっと待ってください!」

雛森の制止も聞かず、
平子は五番隊隊舎を飛び出した。

向かう先は十番隊隊舎。
この企画を持ち込んだ張本人、
松本乱菊に直接話をつけるためだった。





◇



その頃、十番隊隊舎では。

「ふんふんふ〜ん♪」

乱菊は鼻歌を歌いながら、
瀞霊廷通信の最新号を読んでいた。
執務室の椅子に腰掛け、
すっかり上機嫌で頁をめくっている。

「随分とご機嫌だな」

執務机で仕事をしていた日番谷冬獅郎が、
足を組んで雑誌を読む乱菊を横目に声をかけた。

「いやあ、今月の売り上げの伸びが良くてぇ」

「そうか」

日番谷は短く返した。
乱菊の機嫌が良いこと自体は珍しくもないが、
仕事中に堂々と雑誌を読んでいる姿を見れば、
呆れたくもなる。

「日番谷隊長のコラムも、
相変わらずアンケート人気が高いですよ!」

「そんなことより、仕事をしろ」

「もう、隊長ったら。
ちゃんと褒めてるんですから、
少しくらい喜んでくださいよ」

乱菊は日番谷の言葉を軽く受け流し、
再び誌面へ視線を落とした。

売り上げが伸びた理由は、
もちろん日番谷のコラムだけではない。
今号の袋とじが、思惑どおり読者の興味を引いたのだ。

「やっぱり思ったとおりの人気っぷりねえ。
これなら写真集も出せば協会の経費も潤って、
また慰安旅行でも……」

そこまで呟いた時だった。

廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。

続いて、隊士の声が響く。

「は、花房隊長! 何事ですか!?」

その声を聞いた瞬間、乱菊の顔から笑みが消えた。

「げ……バレたか」

小さく呟くと、乱菊はそっと雑誌を置き、
執務室の窓へと視線を向けた。
どうにかしてこの場を抜け出そうと、
椅子から腰を浮かせる。

しかし。

「縛道の四、這縄」

静かな声と同時に、縄が乱菊の身体に巻き付いた。

「ええ!?」

逃げる間もなく、乱菊はその場に倒れ込んだ。

そして、執務室の入口には、氷のように
冷たい眼差しで彼女を見下ろす紫乃の姿があった。

一目見ただけで分かる。

相当、怒っている。

「は……花房隊長……お疲れ様です……」

乱菊は床に倒れたまま、恐る恐る挨拶をした。

しかし、紫乃は挨拶を返すことなく、
淡々と口を開いた。

「写真の現像、消そうか。乱菊」

「写真?」

突然の来訪に、
事情を知らない日番谷が首を傾げる。

「い、いやあ〜……何のことでしょうねえ〜?」

乱菊は引きつった笑みを浮かべ、
露骨に視線を逸らした。

紫乃はそんな彼女を見下ろしたまま、
腰に差した斬魄刀へ手を添える。

「……宵椿」

「消します、消します! 砕蜂隊長のカメラです!」

乱菊が慌てて白状した、その時だった。

「乱菊! 何やねんこれわあ!
こんなんしたら紫乃、一生酒飲まんくなるで!
……って、もうおるー!?」

勢いよく執務室へ飛び込んできたのは、平子だった。

手には瀞霊廷通信の最新号が握られている。

彼は室内の様子を見て、ぴたりと足を止めた。

床に縛り付けられた乱菊。
始解前の斬魄刀に手を添えた紫乃。
そして、その場に居合わせた日番谷。

どうやら、すでに手遅れだったらしい。

「平子までどうした?」

事情を知らない日番谷が尋ねる。

「い、いや……瀞霊廷通信の内容がちょっと……」

平子は言葉を濁し、手にした雑誌を
背中に隠すように持ち直した。

「内容?」

日番谷が再び首を傾げる。

「日番谷隊長は関係ないので」

紫乃が静かに告げた。

それ以上聞くな、と言わんばかりの声音だった。
向けられた視線に、日番谷はわずかに眉を動かす。

「お、おう……」

珍しく突き放すような紫乃の態度に、
日番谷はそれ以上踏み込まないことにした。

一方、紫乃は乱菊のもとへ歩み寄ると、
その首根っこを掴んだ。

「修兵のところに行くわよ。
乱菊が頭を下げて、瀞霊廷通信を回収させるから」

「ええ〜!? 皆んな喜んでくれてるし、
写真集も人気が出そうなのに〜!」

「現世だと盗撮って犯罪なのよ?」

紫乃は乱菊を冷たく見下ろした。

その眼差しには、もはや呆れを通り越した
軽蔑すら滲んでいる。

「う……」

乱菊は言葉に詰まった。

普段は穏やかで、滅多なことでは声を荒らげない
紫乃だからこそ、その静かな怒りは恐ろしい。
怒鳴られるよりも、よほど堪えるものがあった。

「大丈夫。安心して」

紫乃は、少しも安心できない声音で続けた。

「袋とじを廃棄したら、砕蜂と夜一さんにも
みっちり説教しに行くから。でも、
発端は乱菊だから、二人にも謝ってもらうわよ」

「そ、そんなあ〜……」

乱菊の目に、とうとう涙が浮かんだ。

紫乃は返事を待つこともなく、乱菊を引き起こすと、
そのまま執務室の出口へ向かった。

平子の横を通り過ぎる、その直前。

「ほんま、何してんねん」

平子は呆れたように、乱菊を見下ろした。

しかし、紫乃は足を止めることなく、
彼にも冷ややかな視線を向けた。

「平子隊長も、その写真は
燃やす一択の破棄でお願いします」

「は……はい……」

平子は思わず背筋を伸ばした。

手にしていた瀞霊廷通信を、そっと握り直す。

紫乃はそれ以上何も言わず、
乱菊を連れて執務室を出ていった。

残された平子は、二人の背中が
廊下の向こうへ消えていくのを見送る。

「……あれは、怒らせたらあかんな」

ぽつりと呟いた平子に、
日番谷は怪訝そうな顔を向けた。

「お前、何をやらかしたんだ?」

「いや、俺は何もしてへんて」

そう答えながらも、
平子は手元の雑誌に目を落とした。

今さらながら、ひとつ確信したことがある。

一番キレると怖いのは、紫乃かもしれない。








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