秋空の下で
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月日は流れ、尸魂界にも
秋の深まりを感じる季節が訪れていた。
朝夕の空気は冷たさを増し、
冬の足音が少しずつ近づいている。
空座町決戦から、間もなく一年。
三番隊隊舎の庭では、柿の実がたわわに実り、
収穫を終えた木々が枝を軽く揺らしていた。
今日は、隊士たちと共に干し柿を作る日だった。
「縄に結び付けるのって、意外と難しいね」
縁側に腰掛けた紫乃は、
下ごしらえを終えた柿を手に、
隣に座る隊士へ穏やかな笑みを向けた。
「コツがあるんですよ。
ほら、ここをこうして……」
隊士は慣れた手つきで縄を扱い、
柿の軸に手際よく結び付けてみせる。
三番隊では、柿の実る時期になると
干し柿を作るのが恒例となっていた。
前隊長が干し柿を好んでいたこともあり、
毎年欠かさず作られていたらしい。
長く隊に在籍している者たちは、
以前からこの作業を手伝ってきたため、
手際も随分と良い。
一方、紫乃はというと、
隊士たちに教わりながら、
ひとつひとつ柿を縄に結び付けていた。
普段の執務室では見られない紫乃の姿に、
隊士たちもどこか楽しげだった。
そこへ、庭へ続く脇道から聞き慣れた声が響いた。
「紫乃ー、遊びに来たでー」
平子真子だった。
「平子隊長! お疲れ様です!」
姿に気付いた隊士たちが、
作業の手を止めて立ち上がる。
「おう、お疲れさん。
何や、皆んなして何やってるん?」
平子は紫乃の周囲に集まっている隊士たちを見回し、
不思議そうに尋ねた。
「皆んなで干し柿を作っているんです」
縁側に座ったまま、紫乃が答える。
「干し柿ぃ?」
平子は紫乃の手元にある柿と、
隊士たちの手元を交互に見た。
隊士総出で干し柿を作っている光景が珍しいのか、
首を傾げている。
「甘いもんなら買うてきたで」
そう言って、平子は手にしていた紙袋を掲げた。
中には和栗大福が入っている。
「ありがとうございます。
区切りの良いところで、一緒に食べましょう」
紫乃が微笑むと、平子はその隣に腰を下ろした。
「紫乃って、干し柿好きやったん?」
「いえ……私自身は、
作るほど好きというわけではなかったんですけど」
紫乃はそう言いながら、
顔を上げて庭に立つ柿の木を見つめた。
「前隊長が、柿の木を植えるくらい
好きだったみたいで……」
穏やかな口調だったが、
その声にはほんの少し寂しさが滲んでいた。
「前隊長って……」
平子の脳裏に、一人の男の姿が浮かぶ。
白髪に、細められた目。
いつも笑みを浮かべていた、蛇のような男。
「あいつかぁ……」
思い出した途端、平子の表情が露骨に歪んだ。
三番隊の前隊長、市丸ギン。
護廷十三隊を裏切り、
藍染惣右介にさえ刃を向けた男。
何を思い、何を成そうとしていたのか。
その真意を知ることのないまま、ギンは死んだ。
彼の好物が干し柿だったことから、
三番隊では毎年それを作るようになった。
いつしか隊士たちも手伝うようになり、
恒例の行事として受け継がれてきたのだ。
紫乃は隊長に就任してからも、
その習慣を途絶えさせることなく続けることにした。
平子にもギンとは面識がある。
百一年ほど前、平子が五番隊隊長だった頃、
ギンはその第三席だった。
副隊長だった藍染と共に、
かつて自分の部下だった男が
裏切ったという事実は、
平子にとって決して愉快な思い出ではない。
その頃から、平子にとってギンは
何を考えているのか掴みづらい部下だった。
だからこそ、自分の想い人が、
よりにもよって自分の嫌いな男のために
干し柿を作っているというのは、正直面白くなかった。
「そんなに嫌そうな顔をしなくても……」
紫乃は平子の表情を見て、困ったように笑った。
「あの蛇顔、嫌いやねん」
「ふふ」
あまりにも正直な言葉に、
紫乃はそれ以上何も言わず、
手元の柿へ視線を戻した。
やがて、用意していた柿をすべて
縄に結び付け終えると、紫乃は手を止めた。
「少し休憩にしようか。
お茶を淹れてきてもらえる?」
近くにいた女性隊士へ声を掛ける。
「はい!」
返事をした隊士が立ち上がると、
平子は持ってきた紙袋を差し出した。
「これ、多めに買うてきたから。
何人かで分けて食べ」
「ありがとうございます!」
隊士は嬉しそうに紙袋を受け取った。
とはいえ、全員分あるわけではない。
何人かで分けるか、早い者勝ちになるだろう。
そんな平子の気遣いに、隊士たちの間から
小さな笑い声が上がった。
「いつもありがとうございます」
紫乃が隣から礼を言う。
「かまへん、かまへん」
平子は気軽に手を振った。
「干し柿も好きですけど、和栗も好きですよ。
香ばしくて、上品な甘さで……」
紫乃は紙袋から和栗大福をひとつ取り出した。
包みを眺めるだけでも、
栗の風味が伝わってくるようだった。
「お茶来てから食べた方が美味いで」
今にも包みを開けそうな紫乃を見て、
平子が笑いながら声を掛ける。
「確かに、その方が美味しそうですね」
紫乃は名残惜しそうに大福を手元へ置き、
侍女がお茶を運んでくるのを待つことにした。
ほどなくして、侍女が盆を手に戻ってきた。
湯呑みから立ち上る湯気とともに、
温かな茶の香りが肌寒くなり始めた庭に広がる。
「ありがとう」
紫乃は礼を言い、湯呑みを受け取った。
早速、和栗大福の包みを開く。
ひと口頬張ると、
白餡に混ぜ込まれた和栗の風味と、
丸ごと一粒入った大きな栗の食感が
口いっぱいに広がった。
甘さは控えめで、
栗本来の香ばしさが引き立っている。
「ん〜……美味しい」
思わず頬が緩む。
隣でその様子を見ていた平子が、くすりと笑った。
「相変わらず美味しそうに食うな」
「む……真子さんも食べてください。
美味しいですよ」
少し照れくさそうにしながらも、
紫乃は平子に大福を勧めた。
平子も包みを開け、ひと口頬張る。
「おお、確かに美味いな。ええチョイスや」
自分の選択を自画自賛する平子に、
紫乃は思わず笑みをこぼした。
「そういえば、仕事はもう終わらせたんですか?」
大福を食べ終え、
お茶を口に運びながら紫乃が尋ねる。
「勿論済ませてきたで。
後で桃にまた小言言われるくらいにはな」
「桃の怒った顔が目に浮かぶなぁ……」
紫乃は困ったように笑い、ぽつりと呟いた。
「そのくらいがええねん」
「また、そんなことを言って」
平子の適当な返事に、紫乃は呆れたような、
それでいて楽しげな笑みを浮かべた。
結び終えた柿は、この後、熱湯にくぐらせて殺菌し、
縁側に吊るすことになっている。
そこから日を重ねるごとに水分が抜け、
甘さが凝縮されていく。
出来上がりを想像するだけでも楽しみだったが、
ギンがいた頃のように美味しくできるだろうか。
紫乃はふと、そんなことを考えた。
肌寒い風が二人の間を通り抜ける。
けれど、手元の温かいお茶と、
隣にいる相手との穏やかな空気が、
その冷たさを和らげていた。
空座町決戦から、間もなく一年。
二人の距離は、以前よりも近くなったようでいて、
どこか変わらない。
百一年ほど前から続く、気兼ねのない関係。
互いに遠慮なく言葉を交わし、
隣にいることを自然に受け入れられる。
その居心地の良さが、
二人にとって何よりも心地よかった。
だからこそ、あと一歩を踏み出すことなく、
今の穏やかな時間に甘えてしまう。
この関係がいつまでも続くとは限らないことも、
互いの気持ちに気付いていないわけではないことも、
二人のどこかでは分かっていた。
それでも、今はまだ。
心地よい停滞の中に身を置き、
変わらない日々を過ごしていた。
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