相克


*





「言ったでしょう? 問題は、着いた後だって」

朽木白哉の登場に絶望するルキア、花太郎、岩鷲の
三人を庇うように、紫乃はその前へ立った。

「あ、あんた……まさか、
これを分かっていて……」

岩鷲は、紫乃が白哉の現れることを承知した上で
自分たちを助けに来たのだと悟り、
驚きに目を見開く。

しかし、それより先にルキアが声を上げた。

「おやめ下さい、花房副隊長! 
私なんかの事で、このような……!」

制止しようとするルキアへ、紫乃は振り返る。

「五月蝿い」

そう言うと、紫乃はルキアの額を指先で弾いた。

「痛っ……!」

思いのほか強い衝撃に、ルキアは額を押さえる。

「彼だったら、もっと痛いよ?」

紫乃はそう言って、柔らかく笑った。

その「彼」が誰を指しているのか、
ルキアには分かっていた。

志波海燕。

もし彼が生きていたなら、
きっと同じようにルキアを助けようとしただろう。

その思いを胸に、紫乃はゆっくりと身体を起こす。

そして、目の前に立つ朽木白哉と
正面から向き合った。

「どういうつもりだ。花房副隊長」

白哉は表情を崩すことなく、静かに問い掛ける。

紫乃はその視線を真っ直ぐに受け止めた。

「見ての通りです」

静かな声だった。

「私は旅禍に手を貸し、朽木ルキアを逃がす為、
朽木隊長――貴方を足止めさせていただきます」

言葉と同時に、紫乃は腰の斬魄刀へ手を掛ける。

鯉口が静かに鳴った。

「――『始めよう、宵椿』」

瞬間、刀身が淡い光に包まれる。

次の瞬間には、紫乃の手に握られていたのは
一振りの刀ではなかった。

大きく開かれた、黒鉄の鉄扇。

その扇面には墨黒から暗い紅へと移ろう色が
浮かび、刃のような扇骨が鋭い光を返している。

白哉もまた、静かに斬魄刀を構えた。

「……『散れ、千本桜』」

刀身が無数の刃へと姿を変え、
桜の花びらのように舞い上がる。

しかし、それは花ではない。

無数の刃。

紫乃を取り囲むように、千本桜が一斉に迫った。

紫乃は一歩踏み込む。

「花霞舞」

身体を滑らせるように躱し、迫る刃の間を縫う。

一枚。

二枚。

三枚。

紙一重で刃を避けながら、
紫乃は千本桜の流れを読む。

ただ逃げているわけではない。

自分が動くことで、
桜の刃を望む方向へ誘導している。

次の瞬間、紫乃の身体がふっと消えた。

「――そこ」

瞬歩。

回り込んだ紫乃が鉄扇を振り抜く。

「乱扇舞」

迫っていた千本桜を、
鉄扇の面でまとめて払い落とす。

散った刃の隙間を縫うように、
一気に距離を詰めた。

白哉の眼前まで迫る。

紫乃が鉄扇を大きく振るう。

「花車ノ舞!」

横薙ぎの一閃。

しかし、その刃が白哉へ届く寸前、
千本桜が壁のように割り込んだ。

甲高い金属音が響く。

紫乃は咄嗟に身を翻した。

「花霞舞」

再び瞬歩。

舞うように身を躱し、別の角度から迫る。

鉄扇が翻る。

千本桜がそれを阻む。

扇が桜を払い、桜が扇を押し返す。

その光景だけを見れば、まるで花吹雪の中で
舞を披露しているようにも見えた。

けれど、響いているのは優雅な音色ではない。

刃と刃がぶつかり合う、鋭い金属音。

ここは舞台ではない。

戦場だった。

紫乃は再び千本桜を払い、距離を詰める。

そして、鉄扇を閉じた。

「――刹華・葬舞」

次の瞬間。

閉じられていた鉄扇が、一気に開く。

その刃が、開いた勢いのまま白哉へ走った。

「……!」

白哉が僅かに身体を逸らす。

それでも避けきれず、右肩を鉄扇が切り裂いた。

鮮血が舞う。

紫乃はすぐさま後方へ跳び、
ルキアたちへ視線を向けた。

「今のうちに、早く――」

しかし、その言葉を遮るように千本桜が迫る。

「……!」

紫乃は鉄扇を振り抜き、迫る刃を弾き飛ばした。

「逃さぬ」

傷を負った右肩を押さえることすらせず、
白哉は冷静に紫乃を見据えている。

「……やっぱり、一筋縄ではいかないか」

紫乃は小さく息を吐いた。

そして、鉄扇を構え直す。

「宵椿・舞灯……」

低く呟く。

鉄扇の周囲に、炎が生まれた。

鬼道によって生み出された炎が鉄扇へ絡みつき、
刃を包み込んでいく。

炎は扇の動きに合わせて揺らめき、
その先には長い尾のような残光が伸びていた。

その禍々しくも美しい光景に、
白哉の表情が僅かに強張る。

紫乃が一歩踏み出そうとした、その時だった。

「花房! 朽木隊長! 何をやっているんだ!」

二人を呼び止める声が響く。

紫乃はぴたりと動きを止めた。

鉄扇に纏っていた炎が消える。

同時に、白哉の千本桜も動きを止めた。

「浮竹隊長!?」

紫乃は驚いて声を上げる。

病状が落ち着いているとは聞いていた。

しかし、まさかここまで来るとは
思っていなかった。

「おーす、朽木!
少し痩せたな!大丈夫か!?」

重苦しい空気などまるで気にする様子もなく、
浮竹はいつものように明るい声を上げた。

「浮竹隊長……」

ルキアも驚いたように目を見開く。

浮竹は二人の間へ歩み寄りながら、
呆れたように言った。

「花房も朽木隊長も、
こんなところで斬魄刀解放なんて、
一級禁止条項のはずだぞ。
旅禍を追い払う為とはいえ……
一体、何を考えてるんだ!」

紫乃は思わず肩を落とした。

「三席には報告したはずですが……
受けていませんか?」

「……?」

浮竹が怪訝そうな顔をする。

その横で、白哉が淡々と口を開いた。

「戦時特例だ。斬魄刀の解放は許可されている」

「戦時特例!?」

浮竹が目を見開く。

「旅禍の侵入が、そんな大事になってるのか!?」

その言葉に、紫乃も僅かに視線を落とす。

浮竹はさらに続けた。

「……まさか、藍染を殺したのも――」

その瞬間だった。

空気が変わった。

ドクン、と身体の奥に響くような
重い霊圧が辺り一帯を押し潰す。

紫乃の髪が揺れた。

白哉も顔を上げる。

浮竹が息を呑んだ。

「こ……この霊圧の感覚は……まさか……」

ルキアもまた、その霊圧に気付いていた。

次の瞬間。

龍の翼のような霊子の塊に身体を支えられながら、
一人の少年が飛来する。

黒い死覇装。

オレンジ色の髪。

黒崎一護。

一護はそのままルキアの前へ着地した。

そして、真っ直ぐにルキアを見据える。

「ルキア、助けに来たぜ」






,