序章


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目を覚ました時、
何が起きたのか、
すぐには理解できなかった。

部下から聞かされたのは、
あまりにも現実離れした話だった。



浦原喜助が、裏切った。



四楓院夜一も、共謀者として姿を消した。

そして――平子真子をはじめとする、
何人もの隊長、副隊長が虚化し、行方不明になった。

一度にいくつもの席が空いたことで、
護廷十三隊は大混乱に陥っていた。

「……そう」

それだけしか、言葉が出なかった。

目覚めてすぐに隊首会議へ呼ばれ、
事情聴取を受けた。

自分が気絶させられる直前、何を見たのか。

誰の霊圧を感じたのか。

何を覚えているのか。

私は、自分が気絶させられた時に、
特定出来る霊圧は感知していなかったと証言した。

浦原さんが私を襲ったのではないと、私は思っていた。

けれど、それを裏付けるだけのものを、
私自身が何も持っていなかった。

私が知らないところでは、別の証言もあったらしい。

私を発見した隊士は、
喜助の霊圧を感知したと証言した。

その隊士も、
後に別の場所で死亡しているのが確認された。

それによって、
喜助が私を襲ったのだと判断された。

私は何も言えなかった。

違う、と言いたかった。

けれど、違うと言い切れるだけの根拠がなかった。

何も分からない。

ただ一つだけ、分かっていた。




真子さんは、帰ってこなかった。




仕事には、すぐに戻った。

普段通りに書類を片付けて。

普段通りに人と話して。

普段通りに笑った。

誰かに何かを聞かれても、必要なことには答えた。

隊のことも、仕事のことも、
これまでと何も変わらない。

ただ――昔話はしなかった。

喜助のことも。

夜一さんのことも。

ひよ里たちのことも。

そして、真子さんのことも。

口にしなければ、何も変わらないような気がした。



そんなある夜。



私は一人で甘味処に入った。

いつものように餡蜜を頼む。

運ばれてきた器を眺め、匙を手に取る。

一口食べてから、ふと口から言葉が零れた。

「……甘いな」

その瞬間だった。

隣に誰かがいるような気がした。



『そら餡蜜食うてんねんから甘いやろ』



呆れたような、からかうような声。

いつもの調子。

思い出した途端、胸の奥がひどく静かになった。

――そうだった。

もう、いない。

あの人はもう、ここにはいない。

「……戻るって、言ったのに」

小さく呟いた。

泣かなかった。

涙は出なかった。

ただ、別れ際のことを思い出した。

最後に会った時。

大きな手が、私の左肩に置かれた。

手のひらの重み。

指の長さ。

少し厚みのある、あの手。

『必ず戻る』

そう言っていた。

今になって、その感触だけが妙に鮮明に蘇る。

私は左肩に、自分の手を重ねた。

何もない。

当たり前なのに、
そこにまだ温もりが残っているような気がした。

いつか消える。

きっと、消えてしまう。

だから今だけ。

今だけは、思い出していてもいい。

私は左肩に置いた手を、そのままにしていた。



匙を置く。

目を伏せる。

胸の奥に浮かんだものを、
ひとつずつ、静かに閉じていく。

忘れるわけではない。

捨てるわけでもない。

ただ、これ以上は考えない。

そうすれば、明日からまた普段通りに過ごせる。

私は席を立った。

――そうして、あの日のことを胸の奥へしまった。

二度と開けることはないと思っていた。

百年後、あの人と再び出会う、その日までは。










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