記憶


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あれから目を覚ました一護は、
夜一のもとで修行を始めた。

そして――一日目。

修行を終えた一護は、
地下空間の一角にある温泉へ浸かっていた。

「ふ〜…温泉か…。こんな隅の方に、
そんなもんが湧いてるとは思わなかったなー……」

湯に身体を沈めながら、一護は大きく息を吐く。

「考えてみりゃ、俺、温泉入んの初めてだ……。
修行……一日目終了ってことは、
いつの間にかもう夜になってたってことか……」

一護は天井を見上げる。

「確かに体、あっちこっち
ギシギシいってんもんなー。
ここ、時間わかんねえから、
その辺の感覚狂っちまうよ……」

一護がいるのは、尸魂界の地下深く。

外部から完全に隔離された、
隠密機動部隊用の地下空間だった。

ここなら外から霊圧を辿られる心配もなく、
卍解を習得するための修行に集中できる。

そして、この場所にはもう一つ、
一護にとってありがたいものがあった。

温泉だ。

一護は何気なく湯を手ですくい、顔へ掛ける。

すると――。

「……ん?」

顔に残っていた傷が、みるみるうちに消えていく。

「な……! なんだこの温泉!?」

一護は慌てて自分の顔を触った。

「スゲー勢いで傷が治るぞ!?」

身体を見れば、修行で負った傷も
ほとんど消えている。

「ああッ!? いつの間にか
痛みが引いたと思ったら、
体の傷もほとんど消えてるじゃねーか!!」

驚きのあまり、湯の中で身体を起こす。

「すげえ! すげえぞ!!」

現世ではまずお目にかかれないような秘湯に、
一護はすっかり興奮していた。

「一護、湯加減はどうじゃ」

不意に、背後から声が掛かる。

「ぶぶべべぶべーばべぼ!」

湯を口に含んだまま、一護は適当に返事をした。

どうやら飲めば身体の内側まで治るのではないかと
思ったらしい。

「そうか。それは何よりじゃ」

夜一は満足そうに頷く。

「それでは儂も入るとしよう」

「ボフー!!!」

一護は盛大に湯を吹き出した。

「ちょっ……おま……!」

男女で同じ湯に入ることになると知った一護は、
途端に騒ぎ始める。

しかし――。

「……なんだよ、それ!」

一護の期待とは裏腹に、
湯に浸かったのは猫の姿をした夜一だった。

「何じゃ?」

夜一は何食わぬ顔で湯に浮かぶ。

「ちょっとガッカリしたか? 
正直に言うてみい。ん?」

そして、にやりと笑う。

「このスケベ」

猫の姿のまま前足を動かし、
一護の横を悠々と泳いで通り過ぎる。

「沈めるぞ、てめぇ……」

一護は露骨に苛立った。

しかし、すぐに気を取り直す。

そして、改めて周囲を見渡した。

この地下空間。

どこか見覚えがある。

現世で浦原喜助が使っていた、
あの勉強部屋に似ていた。

「なあ、夜一さん。ここって……」

「ん?」

一護が尋ねると、夜一は当然のように答えた。

「浦原の勉強部屋に似ておるじゃろ?」

「やっぱりそうだよな」

「似ておるのではなく、似せて作ったのじゃ」

「え?」

一護が振り返る。

「何で?」

夜一は湯に浮かびながら、
昔を思い出すように目を細めた。

「浦原喜助は、昔ここに所属しておったからじゃ」

「ここって……護廷十三隊?」

「そうじゃ」

夜一は静かに続ける。

「浦原喜助。
かつて護廷十三隊十二番隊隊長を務め、
技術開発局を創設した男。
そして、その初代局長でもあった」

一護は黙って聞いていた。

それは、百余年前の話。

今では尸魂界の歴史の一部と
なっている人物の話だった。

「……浦原さんが、隊長だったのか」

一護が呟く。

夜一はそれ以上を語らなかった。

しばらく沈黙が続いた後、
一護が何かを思い出したように顔を上げる。

「あ。あとさ」

「ん?」

「殲罪宮にいた、あいつ。何者だ?」

「……あいつ?」

あまりにも大雑把な言い方に、夜一が首を傾げる。

「あの黒髪で、髪結んだスラっとした女の人……」

「ああ……紫乃か」

夜一はすぐに思い当たった。

「何故、気になる?」

「白哉と戦う前に、
花太郎から状況聞いたんだけどさ」

一護は、あの時のことを思い返す。

「その紫乃ってのが、
俺たちが逃げる時間を稼いでくれてたらしいんだ」

そして、白哉の右肩へ視線を
向けた時のことを思い出す。

「それに、そいつは無傷だったのに、
白哉の右肩には斬られた跡があった」

一護は確信めいた表情を浮かべる。

「……たぶん、そいつがやったんだ」

「そうじゃろうな」

夜一はあっさりと肯定した。

「実力の差で言ったら、
白哉坊より紫乃の方が上じゃ」

「は……!?」

一護は思わず身を起こした。

湯が大きく揺れる。

「今、なんつった!?」

「紫乃の方が強いと言ったのじゃ」

夜一は平然としている。

「あいつは、わしの部下じゃった」

その声には、僅かに懐かしさが滲んでいた。

「勤勉で従順でな……喜助とも仲が良かった。
よく、わしと喜助の悪ふざけを笑いながら
呆れておったの」

夜一は水面へ視線を落とす。

そこに映る自分の姿を見つめながら、
遠い過去を思い返しているようだった。

「副官章をつけていたということは、
今もまだ副隊長なのだろう」

夜一は静かに続ける。

「じゃが、もし卍解まで習得しているのなら――」

一拍。

「奴は、確実に強い」

夜一の言葉を聞いて、一護は黙り込んだ。

脳裏に浮かんだのは、
白哉の右肩に残っていた傷だった。

あの傷をつけたのが紫乃なのだとすれば――。

一護は、改めてその実力の高さを思い知らされる。

自分がこれから挑もうとしている尸魂界には、
まだ知らない強者がいる。

そして、その中の一人が――紫乃だった。






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