錯綜
*
瀞霊廷内を見廻っていた紫乃は、
不意に足を止めた。
空気が、変わった。
感じ取ったのは、隊長格に匹敵する重い霊圧。
しかも――二つ。
どちらも斬魄刀を始解しているらしく、
互いの霊圧が激しくぶつかり合っている。
「……この霊圧は……」
紫乃はすぐさま方向を見定めると、
瞬歩でその場を駆けた。
辿り着いた先にあったのは、
凍てついた空気が漂う一室だった。
「終わりだ! 市丸!!」
日番谷冬獅郎が斬魄刀を振り下ろす。
始解された氷輪丸から放たれた冷気によって、
室内の床や壁までもが白く凍りついていた。
その傍らには吉良イヅルが倒れている。
どうやら市丸ギンによって
牢から連れ出されたらしいが、
その片腕は氷輪丸の影響で凍りついていた。
そして、対峙する市丸ギンもまた無傷ではない。
斬魄刀には氷の鎖が絡みつき、
身体の一部まで凍りついている。
しかし、その顔には未だ
余裕のある笑みが浮かんでいた。
日番谷が最後の一撃を振り下ろそうとした、
その瞬間。
「射殺せ『神鎗』」
ギンの斬魄刀が、一瞬で伸びた。
日番谷は咄嗟に身を躱す。
「……ええの? 避けて」
伸びきった刀の先。
そこに倒れている雛森桃の姿があった。
「死ぬで、あの子」
「雛……!」
日番谷の顔色が変わる。
その瞬間、雛森へ伸びた刀身を
一本の斬魄刀が受け止めた。
「松本……!」
日番谷が驚いて声を上げる。
そこに立っていたのは、
十番隊副隊長・松本乱菊だった。
「……申し訳ありません」
乱菊は刀を構えたまま、市丸を真っ直ぐ見据える。
「命令通り隊舎へ帰ろうとしたのですが……
氷輪丸の霊圧を感じて、戻ってきてしまいました」
刀を押し返しながら、静かに告げる。
「刀をお退き下さい、市丸隊長。
退かれなければ…ここからは私がお相手致します」
その言葉に、ギンは口元を僅かに吊り上げた。
「これは何事ですか。市丸隊長、日番谷隊長」
凛とした声が、凍りついた室内に響いた。
全員の視線が入口へ向く。
「花房……」
日番谷が紫乃の名を呼ぶ。
紫乃は室内へ入り、素早く状況を確認した。
倒れている吉良。
その腕に残る氷。
斬魄刀を始解したまま対峙する市丸と日番谷。
そして、奥には倒れている雛森と、
彼女を庇うように立つ乱菊。
先日の対立が、
今度は本格的な衝突へ発展したのだろう。
紫乃がギンへ視線を向ける。
それを察したのか、ギンが先に口を開いた。
「別に僕はイヅルを助けよう思うて
出してあげたら、十番隊隊長さんにバレてもうて」
ひらりと手を広げる。
「したら五番隊副隊長さんが現れて、
何故か十番隊隊長さんと戦い始めて、
次に僕が十番隊隊長さんに攻撃されたんよ」
そして、困ったように笑った。
「全部僕が悪いみたいで嫌やなあ」
「てめえ……!」
日番谷が再び前へ出ようとする。
「日番谷隊長」
紫乃が静かに制した。
「なんや、自分やって六番隊隊長さんに
刀を向けてたんやろ」
ギンは笑みを崩さない。
「人のこと言えませんやん」
「……何故、それを」
紫乃が僅かに眉を寄せる。
自分と白哉の戦いを、ギンが知っている。
「風の噂や」
ギンはそう答えると、いつものように軽く笑った。
「ほな、僕はもう行くで。イヅル、おいで」
そう言って、吉良へ手を差し伸べる。
吉良は一瞬戸惑ったものの、その手を取った。
二人はそのまま部屋を出ていった。
紫乃は二人の背中を見送る。
そして、改めて日番谷へ向き直った。
「雛森さんを救護室へ運びましょう」
「……ああ」
乱菊が雛森を抱き起こし、その身体を担ぐ。
三人はそのまま四番隊の救護室へ向かった。
*
雛森を救護室へ預けた後。
日番谷は紫乃へ視線を向けた。
「花房」
「はい」
「さっきの話、本当か? 朽木に……」
紫乃は少しだけ沈黙した。
そして、隠すことなく答える。
「本当ですよ」
「……」
「邪魔が入りましたけど…
私は、ルキアを逃がそうとする旅禍に
協力しました」
一護や夜一のことは話さなかった。
ただ、自分が白哉へ刀を向けたことだけを伝える。
「ルキアの処刑は、阻止すべきです」
紫乃の声には迷いがなかった。
「助けたいという思いもあります。
でも、それだけじゃない」
一度、言葉を切る。
「浮竹隊長も、今調査して下さっています」
日番谷はしばらく黙っていた。
やがて、低い声で答える。
「そうか……」
そして、真っ直ぐに紫乃を見る。
「俺は、双極は解放しちゃならねえと思ってる」
乱菊も静かに頷く。
「俺たちも、極刑を止める側につくぞ」
「はい」
乱菊が日番谷の言葉に同意する。
紫乃は二人へ向かって、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
その瞬間だった。
地獄蝶の鳴き声が響き渡る。
三人が一斉に顔を上げた。
届いた伝令の内容に、紫乃の表情が強張る。
朽木ルキアの処刑。
その日程が――明日に早められた。
「……明日?」
異例の決定だった。
先ほどまでとは明らかに違う。
何かが急速に動き始めている。
紫乃、日番谷、乱菊。
三人の間に、張り詰めた緊張が走った。
「取り敢えず、私は浮竹隊長の元へ戻ります」
紫乃が言う。
「……ああ」
日番谷が頷く。
次の瞬間。
紫乃の姿は、瞬歩によってその場から消えていた。
残された二人もまた、迫り来る処刑の日を前に、
静かに顔を見合わせた。
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