夜明け前


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数十年前。

十三番隊副隊長、志波海燕には、
同じ隊に妻がいた。

名は、志波都。

聡明で、優しく、誰に対しても
分け隔てなく接する女性だった。

ルキアが憧れるほどの人柄であり、
十三番隊の隊士たちからも慕われていた。

その都が、偵察任務の最中に虚によって
命を奪われた。

偵察班の隊士数名と共に。

あまりにも早すぎる死だった。

海燕が妻を失ってから、数日。

ようやく、虚の居場所が偵察班によって
突き止められた。

討伐へ向かうのは、浮竹十四郎、志波海燕、
そして朽木ルキア。

都の仇を討つための任務だった。

紫乃もまた、その任務への参加を志願していた。

海燕とは真央霊術院の頃からの同期であり、
都とも親しくしていた。

だからこそ、自分も行きたかった。

しかし――。

その日に限って、どうしても外せない任務が入った。

総隊長の命令により、各隊の第三席が全員参加する
現世視察が決まったのだ。

紫乃も第三席として、その任務を外れることは
できなかった。

都の仇を討つ機会は、紫乃の手から零れ落ちた。

そして、その前夜。

十三番隊隊舎の縁側に、海燕が一人で座っていた。

夜の静けさの中、庭を眺めている。

普段の海燕ならば、誰かと話しているのに、
けれど今夜は、珍しく静かだった。

その背中を見つけ、紫乃は足を止める。

少しだけ迷った後、静かに声を掛けた。

「海燕」

海燕が振り返る。

「ああ、紫乃か」

いつものように笑おうとした。

けれど、その笑顔にはどこか力がなかった。

紫乃は海燕の隣まで歩いていき、
少し間を空けて腰を下ろした。

「……眠れないの?」

「まあな」

海燕は苦笑する。

「明日、都を殺した虚を討つんだ。
そりゃ、色々考えるだろ」

紫乃は何も言わなかった。

海燕の横顔を見つめる。

妻を失ってから、まだ数日しか経っていない。

それでも海燕は、副隊長として、
隊士たちの前ではいつも通りに振る舞っていた。

だからこそ、今ここにいる海燕の表情が、
紫乃には痛いほど分かった。

「……私も行きたかった」

紫乃がぽつりと言う。

海燕が目を向ける。

「知ってる」

「ごめん」

「なんでお前が謝るんだよ」

「……行けないから」

「それは仕方ねえだろ」

海燕は苦笑した。

「第三席全員参加の現世視察なんだろ? 
お前一人だけ抜けるわけにもいかねえ」

「でも……」

「紫乃」

海燕の声が少しだけ低くなる。

「お前が悪いわけじゃねえよ」

紫乃は黙った。

分かっている。

そんなことは、分かっている。

それでも。

都を知っているからこそ、
最後まで一緒にいたかった。

海燕を一人で行かせたくなかった。

「でも、都さんのことを考えると……
明日は私も一緒に行きたかった」

海燕はしばらく黙っていた。

そして、静かに口を開く。

「都の仇を討つのは、俺の役目だ」

静かな声だった。

そこに迷いはなかった。

「だから、お前が背負う必要はねえよ」

「……海燕」

「それに」

海燕は空を見上げた。

「俺には浮竹隊長もいる。ルキアもいる」

その言葉に、ほんの少しだけ笑う。

「だから、大丈夫だ」

紫乃はその横顔を見つめた。

――大丈夫。

海燕は昔からそう言う。

真央霊術院の頃から、無茶をする時も。

危険な任務へ向かう時も。

誰かを守ろうとする時も。

いつだって。

海燕はそう言って、いつものように笑った。

紫乃もつられて、ほんの少し口元を緩める。

「……うん。頼んだ」

「おう。任せとけ」

少しだけ冗談めいた、いつもの二人の調子。

それでも、その言葉には互いへの信頼があった。

海燕なら大丈夫。

紫乃は、本当にそう思っていた。

だからこそ――。

それが最後の会話になるなど、
この時の紫乃は考えもしなかった









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