哀悼


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「え……?」

現世視察を終え、紫乃が十三番隊隊舎へ戻った後。

彼女が足を向けたのは、
隊舎の離れにある浮竹の療養室だった。

そこで知らされたのは――志波海燕、殉職。

その言葉を聞いた瞬間、
紫乃の視界が真っ白になった。

目の前にいる浮竹が、何かを話している。

けれど、その声がひどく遠く感じられた。

自分が今、どんな顔をしているのかさえ
分からない。

海燕は、都の仇を討つために虚へ立ち向かった。

斬魄刀を失ってもなお、退かなかった。

しかし戦いの最中、
海燕は虚に身体を乗っ取られた。

そして最後は、ルキアの手によって
虚ごと消滅した。

遺体は残らなかった。

形見になるものもない。

真央霊術院の頃から共に過ごしてきた旧友が、
跡形もなく消えた。

それを、どうしてすぐに受け入れられるだろう。

それでも、時間は止まらない。

副隊長の殉職は護廷十三隊にとって
重大な事態だった。

悲しみに暮れる暇さえ与えられぬまま、
次の副隊長を選出する必要がある。

「海燕が殉職した事は、総隊長に報告済みだ」

浮竹の声が静かに響く。

「よって、次の副隊長を選出しなければならない」

紫乃は黙って浮竹を見つめた。

そして――。

「それを、花房。お前に頼みたい」

その言葉に、紫乃の瞳が僅かに揺れる。

副隊長。

海燕がいた場所。

「アイツは元々、自分より
花房の方が適任だと言っていたよ。
副隊長に上がってからも、
お前に対する評価は高かった」

浮竹は、当時の海燕を思い出すように
柔らかく笑った。

「これはアイツの熱望でもある。
受けてくれるか?」

紫乃は俯いた。

脳裏に浮かんだのは、海燕の顔だった。

何度も聞いた言葉。

――お前の方が副隊長に向いてるって。

――なあ、十三番隊で副隊長やらねえか?

あの時は、いつもの軽口だと思っていた。

海燕らしい、気の抜けた冗談。

けれど今になって、
それが冗談ではなかったのだと分かる。

紫乃はゆっくりと顔を上げた。

「……副隊長昇格を、お受けします」

両手を前に添え、深く頭を下げる。

「海燕のように……
皆に慕われる副隊長になってみせます」

「……そうか」

浮竹は、どこか安心したように微笑んだ。

「頼むよ、花房」

紫乃はもう一度、小さく頭を下げた。

そして浮竹の離れを後にする。

廊下を歩きながら、紫乃は何度も
海燕のことを思い出していた。

笑っている顔。

ふざけている顔。

真剣に任務へ向かう顔。

都の話をするときに見せた、穏やかな顔。

どれも、もう見ることはできない。

自室へ戻ろうとしたところで、
紫乃の足が止まった。

微かな霊圧。

よく知っているものだった。

紫乃はその霊圧を辿る。

隊舎から少し離れた庭。

そこには池があり、その前に
小さな人影がぽつんと座っていた。

朽木ルキア。

紫乃は静かに歩み寄る。

その気配に、ルキアもすぐに気付いた。

「ッ……花房殿…」

振り返った顔には、泣き腫らした跡が残っていた。

その瞳には、深い悲しみと自責が滲んでいる。

「花房殿……!」

紫乃と目が合った瞬間。

ルキアは地面に手をつき、
そのまま深く頭を下げた。

「申し訳ありません……!」

小柄な身体が、さらに小さくなる。

「海燕殿を……私は……!」

肩が微かに震えていた。

自分が紫乃の大切な友人を死なせてしまった。

そう思っているのだろう。

都を失ったばかりの紫乃から、
今度は海燕まで奪ってしまった。

そう考えているのかもしれない。

けれど――。

紫乃は、そんなルキアを責める理由はなかった。

「顔を上げて、ルキア」

静かな声だった。

紫乃はその場に片膝をつき、
ルキアの左肩へそっと手を置く。

「浮竹隊長から、一連の報告は受けてる」

ルキアは顔を上げられない。

「貴女が責められる理由は、どこにもないよ」

「ですが……!」

「虚に身体を乗っ取られた海燕を、貴女は止めた」

紫乃の声は穏やかだった。

「貴女が彼を救ったのよ、ルキア」

「……っ」

ルキアの肩が震える。

「海燕を止めるという苦しい役目を、
貴女に任せてしまった。
こちらこそ……ごめんなさい」

その言葉に、ルキアの瞳から再び涙が溢れた。

「私は……私は……!」

言葉にならない声が漏れる。

ルキアにとっても、都は憧れの女性だった。

そして海燕は、自分を気に掛け、
何度も手を差し伸べてくれた人だった。

二人とも、もういない。

その喪失がどれほど重いものなのか。

紫乃には分かっていた。

だからこそ、紫乃はルキアを責めなかった。

ただ――。

自分がその場にいなかったことだけが、
酷く悔しかった。

もし、あの日。

自分も海燕の隣にいられたなら。

もし、都の時も。

もっと近くにいてやれていたなら。

そんな考えが、何度も胸の奥へ浮かんでは
消えていく。

紫乃は、静かに目を伏せた。

自分はいつも――。

大切な人の側にいてやれない。

そして、そのたびに失う。

遠い昔にも。

都も。

そして、今度は海燕まで。

紫乃は、胸の奥に残る痛みを静かに押し込めた。

――また、失った。

その言葉だけが、頭の中に残っていた。








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