目覚め
*
護廷十三隊の重傷者は皆、
四番隊の総合救護詰所へと運び込まれ、
治療を受けていた。
紫乃も、その一人だった。
市丸ギンの神鎗によって胸を貫かれ、
瀕死の重傷を負った紫乃が目を覚ましたのは、
あの騒動から三日が経ってからだった。
「ん……」
重たかった瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
視界に映るのは、見慣れない天井。
木目がまだぼんやりと滲んでいる。
けれど、時間が経つにつれて
少しずつ焦点が合い始めると、
それと同時に途切れていた記憶も
鮮明になっていった。
双極。
藍染。
ギン。
神鎗。
胸に残る、鈍い痛み。
そして――藍染に告げられた言葉。
『君には、優しさという偽善があった。
それが、君の才能を潰してしまったんだよ』
「…………」
紫乃は、静かに目を伏せた。
生きた屍。
よく言ったものだと思う。
こうしてまた死に損なって。
残ったのは、憎しみと悔しさだけ。
紫乃は胸元へ手を添えた。
まだ痛みの残る場所。
襟を指先で握り締める。
その時だった。
廊下から、静かな足音が聞こえてきた。
それに混じって、もう一つ。
やや大きく、力強い足音。
二つの足音が、次第に近づいてくる。
やがて、病室の扉が開いた。
真っ先に紫乃と目が合ったのは、卯ノ花だった。
「あら。ようやく目覚めたのですね」
卯ノ花は、安堵したように微笑む。
その横から、見慣れた顔が覗いた。
「花房!」
浮竹だった。
その表情にも、明らかな安堵が浮かんでいる。
「浮竹隊長……私は――」
自分がどうなったのかを尋ねようとした紫乃より
先に、卯ノ花が口を開いた。
「瀕死の重傷でしたが、
神鎗が僅かに心臓から逸れたおかげで、
即死は免れました」
紫乃は黙って卯ノ花の言葉を聞く。
「その後の治療も順調に進み、こうして無事に
目を覚ますことができて良かったです」
「…………」
やはり。
神鎗は、心臓からずれていた。
紫乃は、あの時に感じた疑問が
間違いではなかったことを確信した。
偶然だったのか。
それとも――。
意図的に外されたのか。
今となっては、その答えを知る術はない。
もう一度、あの男と再会するまでは。
「無事で良かった……」
浮竹が、胸を撫で下ろすように息を吐く。
「朽木が特に心配していたんだぞ」
そう言って身体を僅かにずらす。
その後ろから、一人の少女が姿を見せた。
「花房副隊長……」
弱々しい声。
「ルキア……」
紫乃は名前を呼び、その姿を確かめる。
白装束ではない。
いつもの死覇装を身に纏っている。
大きな外傷も見当たらない。
無事だった。
そのことに、紫乃は僅かに安堵する。
すると、ルキアが俯いた。
「花房副隊長、申し訳ありません……」
「……ルキアが謝ることじゃないよ」
紫乃は静かに答えた。
「むしろ、旅禍が助けなかったら、
処刑が執行されていた可能性もあったし……」
言葉を続ける。
「藍染達も止められなかった。……不甲斐ないよ」
紫乃は目線を落とした。
自分は何もできなかった。
ルキアを救うことも。
藍染を止めることも。
「花房副隊長……」
ルキアは顔を上げる。
「ありがとうございます……」
その言葉に、紫乃は僅かに目を細めた。
「……うん」
やがて卯ノ花が立ち上がる。
「花房さん。何かあれば、
四番隊に申し付けてくださいね」
穏やかな笑みのまま、
それでも念を押すように続ける。
「くれぐれも、安静にしてください」
「はい……ありがとうございます、卯ノ花隊長」
卯ノ花は一礼すると、病室を後にした。
扉が閉まる。
「浮竹隊長、旅禍達は……?」
紫乃が尋ねる。
浮竹は少し考えるようにしてから答えた。
「旅禍達か……。
死神の黒崎一護くんは特に
重傷で、まだ目を覚ましていない」
「…………」
「他にも、重傷だった隊長や副隊長たちは、
まだ意識が戻っていないよ」
「そうですか……」
紫乃は静かに返した。
自分が、最初に目を覚ましたのだ。
そう理解する。
「じゃあ、俺は小椿と虎徹にも教えてくるよ」
浮竹が立ち上がる。
「二人が来ると騒がしいからな。
見舞いは遠慮するように伝えておく」
「ふふ……お願いします」
紫乃が僅かに笑う。
「それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」
浮竹はそう言い残し、病室を出ていった。
「……」
その後に続くように、ルキアも深く頭を下げる。
「失礼します、花房副隊長」
そして、静かに病室を出ていった。
扉が閉まる。
途端に、部屋の中が静寂に包まれた。
紫乃は、ゆっくりと顔を窓へ向ける。
窓の外には、いつもと変わらない
尸魂界の景色が広がっていた。
騒動は終わった。
藍染は消えた。
けれど。
紫乃の中には、
まだ終わっていないものが残っていた。
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