幕間
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藍染惣右介の裏切り事件から、半月が経った。
護廷十三隊は、五番隊、三番隊、九番隊の隊長が
空席となったままではあるものの、
少しずつ日常を取り戻しつつあった。
紫乃もまた、傷はすっかり癒え、
十三番隊舎の執務室で
溜まっていた仕事を片付けていた。
机の上には、処理を終えた書類が
いくつもの束になって積まれている。
最後の一枚に目を通し、紫乃は小さく息を吐いた。
「ふぅ……これで以上かな」
筆を置く。
ようやく一段落ついたことで、
張り詰めていた肩の力が抜けた。
しかし。
机の端には、未だ手をつけていない
一冊の冊子が残っていた。
他の書類とは明らかに趣が違う。
表紙には、大きくこう記されている。
『瀞霊廷通信 特別アンケート』
本来の隊務とは一切関係のない、
女性死神協会から回ってきたものだった。
紫乃は冊子を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
そこに並んでいたのは、
隊務とはかけ離れた質問ばかりだった。
好きな異性のタイプ
理想のデート。
胸が高鳴る異性の仕草。
告白する派か、待つ派か。
恋人に作ってほしい料理。
まるで現世の芸能人にでも
尋ねるような内容である。
「……これは…」
紫乃は困ったように眉を下げる。
「浮竹隊長の女性の好みかぁ……」
思わず呟いてしまう。
今回の特別アンケートは、
女性死神協会が企画したものだった。
表向きには、会長である
十一番隊副隊長・草鹿やちるを中心に、
女性死神たちの親睦を深めるための
交流企画や催しを行う団体である。
しかし、その活動を維持するための
資金調達も必要だった。
そこで目をつけられたのが、
瀞霊廷内でも人気の高い男性死神たち。
端正な顔立ちの死神を特集した
写真集を発行したり、
特別記事を組んだりすることで
収益を得ているらしい。
つまり、このアンケートも
その活動の一環ということなのだろう。
紫乃は改めて冊子を見つめる。
「……隊長に聞かなきゃいけないのよね」
ため息が漏れた。
昔は、女性死神協会そのものが
存在していなかった。
けれど、時代が変われば
尸魂界の文化も少しずつ変化していく。
現世で流行しているものが
尸魂界にも入ってきたり、
現世の娯楽を真似たものが
生まれたりすることも珍しくない。
これも、その変化の一つなのだろう。
そう考えれば納得できないこともない。
――それでも。
隊長本人に『異性の好み』を尋ねるのは、
どうにも気が重かった。
紫乃が冊子を机の上に戻し、
どうしたものかと腰を重くしていた、
その時だった。
廊下から、何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。
「草鹿副隊長、お待ちください!」
清音の声だった。
その直後。
「紫乃ちゃーん!
アンケート書いてくれたー!?」
聞き慣れた明るい声が響く。
「えっ?」
紫乃が顔を上げた瞬間、
執務室の扉が勢いよく開いた。
「やちるちゃん……」
驚いて目を瞬かせる紫乃の前を、
やちるがぱたぱたと走っていく。
そして机の前まで来ると、
紫乃の手元を覗き込んだ。
「あ! それそれ!」
やちるは嬉しそうに声を上げた。
しかし、次の瞬間には表情が変わる。
「って、なんだ!まだ書いてないじゃん!」
「う……」
紫乃が言葉に詰まる。
やちるは冊子を指差しながら、勢いよく続けた。
「早く埋めて出してね! 皆んな待ってるから!」
「え、あの……」
紫乃が何か言うより早く、やちるは踵を返した。
「じゃ、よろしくー!」
「草鹿副隊長!」
ようやく追いついた清音が、
開け放たれた扉の前で息を切らしている。
「勝手に上がって、走り回らないでください!」
「えー、だって急いでるんだもん!」
「急いでいるからって、
許されるわけじゃありません!」
言い合いながら、二人の姿は
廊下の向こうへと消えていった。
静寂が戻る。
紫乃はしばらく扉を見つめていたが、
やがて小さく苦笑した。
「……相変わらず元気だなぁ」
そして、机の上に残されたアンケートへ
視線を落とす。
どうやら逃げることはできないらしい。
紫乃は小さく息を吐いた。
「……仕方ない」
そう呟くと、紫乃は席を立った。
向かう先は、一つ。
浮竹の執務室だった。
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