深淵
*
放課後。
紫乃たちはルキアの案内を受け、
空座町の一角にある一軒の家へとやって来た。
「クロサキ医院」
そう書かれた看板が掲げられている。
病院と住居が一体になった、
現世では珍しくない造りらしい。
一護とも合流し、そのまま案内された
彼の部屋へ入る。
しかし――。
「……せめーな」
六畳一間の部屋に七人。
流石に人数が多過ぎる。
乱菊と紫乃、ルキアは一護のベッドに腰掛け、
日番谷は窓際に座っている。
一角と弓親は床に胡座をかき、
阿散井は勉強用らしい椅子に腰掛けていた。
一護は部屋を見回し、明らかに嫌そうな顔をする。
その一方で、紫乃は物珍しそうに
室内を見回していた。
尸魂界の住居とはまるで違う。
家具も、窓も、机の上に置かれている物も、
どこか見慣れないものばかりだった。
「あんまジロジロ見るなよ」
「ご、ごめん。現世の家って珍しくて……」
紫乃が視線を戻す。
すると今度は、乱菊が一護の机を漁っていた。
「何よ。如何わしいもの一つもないじゃない。
つまんなーい」
「勝手に漁んな!」
一護が怒鳴る。
「いいじゃない。ちょっとくらい」
「よくねえよ!」
そんなやり取りを横目に、
日番谷が小さく溜め息を吐いた。
しかし、彼らは遊びに来たわけではない。
今回、現世へ派遣された最大の目的。
それは、先日一護を襲った仮面
――破面について調べることだった。
日番谷が窓際から一護へ視線を向ける。
「先日お前を襲った破面について、
これから説明する」
「破面……?」
「そうだ」
日番谷は淡々と続ける。
「まず、虚とは――人間の魂魄が
未練や絶望によって胸の因果の鎖を失い、
完全に心が壊れて仮面を被った存在だ。
虚には様々な種類があるが、
その中でも特に強力なのが大虚だ」
一護は黙って耳を傾ける。
「大虚とは、数百から数千体もの通常の虚が
互いに喰らい合い、一つの巨大な霊体へと
融合したものだ。通常の虚とは
比較にならないほどの巨体と霊圧を持ち、
口から破壊光線――虚閃を放つ」
日番谷はそこで一度言葉を切った。
「そして、大虚は一括りじゃない。
その中でも進化段階によって、
さらに三つの階級に分かれている」
日番谷が人差し指を立てる。
「一つ目は、基力(ギリアン)」
「ギリアン……」
「大虚の中では最下層。
人間に例えるなら雑兵に近い」
日番谷は指を立てたまま続ける。
「数も多く、基本的に
同じ姿をしているのが特徴だ。
尸魂界で一般に大虚として教本などに
載せられているのも、このギリアンだ。
お前が尸魂界に来る前に戦って
追い払った大虚が、このギリアンだな」
「……あいつが…雑兵……?」
一護の脳裏に、あの巨大な虚の姿が浮かぶ。
自分が必死になって戦った、あれほど巨大な存在。
それが――最下層。
日番谷は容赦なく現実を突きつける。
「巨大だが、動きは緩慢で知能も獣並みだ。
隊長格なら、倒すこと自体に大した問題はない」
そして、人差し指に続いて中指を伸ばした。
「問題は、次からだ。
二つ目は、亜丘卡(アジューカス)」
一護の表情が引き締まる。
「ギリアンよりもやや小さく、数も少ない。
だが知能は高く、戦闘能力はギリアンの数倍ある」
「数倍……」
「ギリアンを統率する存在でもある」
さらに、薬指が伸びる。
「そして三つ目」
日番谷の声が低くなる。
「瓦史托徳(ヴァストローデ)」
部屋の空気が僅かに変わった。
「最上級の大虚だ」
日番谷は、伸ばした三本の指を一護へ向ける。
「大きさは虚としては極めて小型。
人間と同程度だ」
一護が眉を寄せる。
「小さいのか?」
「ああ。だが、それが問題なんだ」
日番谷の目が鋭くなる。
「数は極めて少なく、
虚圏全域に数体しかいないと言われている」
そこで日番谷は、一度だけ間を置いた。
「……ハッキリ言う」
低い声だった。
「このヴァストローデ級の戦闘能力は、
隊長格より上だ」
一護の表情が固まる。
「そして破面化によって、
大虚共が手に入れる力は未知数だ」
日番谷は窓の外へ視線を向ける。
「隊長格が三人抜けた」
五番隊。
三番隊。
九番隊。
その三つの隊長の席はいまだ空席のままだ。
「その三人が、そのまま大虚共の上についた」
日番谷は一護へ視線を戻した。
「今の状況で、これだけは言える」
静かな声が、六畳一間の部屋に落ちる。
「もし現時点で藍染の下に――
このヴァストローデ級が十体以上いたら……」
日番谷の言葉に、誰も口を挟まない。
「尸魂界は――終わりだ」
一護は息を呑んだ。
先日のウルキオラ。
自分が全く歯が立たなかった、あの男。
それほどの存在が、まだ他にもいるかもしれない。
そして、その背後には――藍染がいる。
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
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