希求
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紫乃が治療を受けている間、
別室では浦原と恋次が向かい合っていた。
「それで、修行をつけてほしい、と」
浦原が扇子を弄びながら、
恋次の申し出を聞き返す。
「ああ。俺はまだ弱え。
あいつらと戦って、
嫌ってほど思い知らされた」
恋次は拳を握る。
「だから、もっと強くなりてえんだ」
その言葉に、浦原は少し考えるように黙った。
やがて、ぽんと手を打つ。
「それなら、アタシの代わりに
茶渡さんの修行に付き合って下さい」
「……は?」
思いもよらない提案に、恋次が眉を寄せる。
「茶渡さん、実は少し前から
アタシに修行を頼んできてるんスよ。
自分の能力――完現術を、もっと高めたいって」
浦原はさらりと説明する。
「そこで、阿散井さんにも一緒に付き合ってもらう。
そうすれば二人まとめて修行できますし、
アタシとしても一石二鳥ってわけっス」
「……なるほどな」
恋次は腕を組み、少し考える。
確かに、修行を受けられるなら悪い話ではない。
だが、恋次にはもう一つ聞きたいことがあった。
「……一つ条件がある」
「条件?」
「俺の質問に、何でも一つ答えろ」
恋次は浦原を真っ直ぐに見据えた。
「包み隠さず、全部だ」
浦原は一瞬だけ目を細めた。
それから、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。
「いいっスよ」
あっさりと承諾した。
「ただし――」
浦原は扇子をぱちんと閉じる。
「こちらも一つ条件を追加させていただきます♪」
「……何だ?」
「浦原商店の雑用をお願いしましょう」
「はぁ!?」
恋次の顔が引きつる。
「修行だけじゃなくて雑用までやらせんのかよ!」
「いやいや、これも修行の一貫っス!
商店を維持するのも大変なんスよ?
掃除に荷物運び、それから店番まで……」
「絶対そっちが本命だろ!」
「そんなことないっスよぉ」
浦原はにこにこと笑っている。
恋次は明らかに不服そうな顔をしていたが、
これを断れば自分の条件も飲まれない。
「……分かったよ」
「交渉成立っスね」
こうして、二人の間で話がまとまった。
恋次が紫乃のいる部屋へ戻ると、
すでに鉄裁による治療は終わっていた。
紫乃は布団の中で静かに眠っている。
「……寝てるのか」
「ええ。傷も塞がってますし、
今夜はこのまま休ませておきましょう」
浦原が答える。
「明日には返しますから」
恋次は眠る紫乃を一度だけ振り返った。
「……じゃあ、俺は一護たちのところへ戻る」
「分かりました」
こうして恋次は浦原商店を後にし、
一護たちと合流することになった。
そして――翌朝。
差し込んだ朝日が、静かな部屋を柔らかく照らす。
紫乃は眩しそうに瞼を開いた。
「起きたか」
聞き慣れた声がする。
視線を向けると、
そこには黒猫の姿をした夜一がいた。
「……夜一さん」
紫乃が身体を起こす。
「おはようございます、紫乃さん」
夜一の後ろから、浦原が顔を覗かせた。
「起きたぞ、喜助」
「ありがとうございます、夜一さん」
浦原が部屋へ入ってくる。
紫乃は白装束の姿のまま、
布団からゆっくりと身体を起こした。
「先に、握菱鉄裁殿にお礼を……」
「まだ寝てるんで大丈夫っスよ。
それより、お身体の具合はどうです?」
浦原は紫乃の腹部へ視線を向ける。
「傷は痛みませんか?」
「うん……もう大丈夫」
紫乃はそう答えた。
百余年ぶりに再会したというのに、
浦原の態度は驚くほど自然だった。
昔と変わらない。
まるで昨日まで一緒にいたかのように、
何の隔たりもなく接してくる。
そのことが、かえって紫乃を戸惑わせた。
「喜助……夜一さん……」
紫乃は膝の上で手を握る。
「私、二人に……」
言葉が続かない。
けれど、浦原はその先を察したようだった。
「紫乃さんは、何も悪くないっスよ」
優しい声だった。
「アタシ達が現世へ逃亡してからも、
夜一さんの協力のもとで
尸魂界の状況は見てました」
夜一も黙って紫乃を見つめている。
「藍染の隠蔽に、紫乃さんは
巻き込まれただけです。
完全催眠にかけられていたんスから、
無理もありませんよ」
「それでも……」
紫乃は俯く。
「私は、何もできなかった」
悔しさを滲ませた声だった。
「あの時、護廷十三隊は貴方達を
罪人として処罰しようとしていた。
皆、藍染の催眠に掛かっていたというのに……」
紫乃は唇を噛む。
「そして今、こうして藍染の配下に襲われて、
私は二人に助けられている」
拳が、僅かに震える。
「……不甲斐ないよ」
紫乃は顔を上げた。
「……その恥を承知で、聞きたいことがあるの」
浦原は黙って紫乃を見る。
「喜助達以外にも……
あの人達も一緒に逃亡したはず」
紫乃の脳裏に、かつて共に過ごした
仲間たちの姿が浮かぶ。
「……あの人達も、現世にいるんじゃないの?」
「……」
浦原は答えなかった。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
「お願い」
紫乃が静かに続ける。
「答えて」
浦原はしばらく黙っていた。
そして、やがて小さく息を吐く。
「……会わない方がいいっスよ」
「……どうして?」
「彼らは、アタシ達とは違います」
浦原の声から、いつもの軽さが消えていた。
「虚化した自分達を切り捨てた死神を、
彼らは恨んでいます」
「……」
「例え紫乃さんでも、お勧めはできません」
それでも紫乃は、首を横に振った。
「一目見るだけでもいい」
「紫乃さん」
「嫌われてたっていい」
紫乃の声は震えていた。
「無事かどうか、この目で確認したい」
浦原は黙った。
やがて、深く息を吐く。
「……はあー」
そして、諦めたように肩を落とした。
「知らないっスよ」
紫乃が顔を上げる。
浦原は観念したように、ある場所を告げた。
「彼らがいる場所を教えます。倉庫街っス」
紫乃はその場所を聞くと、
ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう、喜助」
「……くれぐれも、無理はしないでくださいね」
紫乃は小さく頷く。
そして浦原商店を後にした。
向かう先は、かつての仲間たちがいる倉庫街。
百余年の時を越えて、
紫乃は再び彼らの前へ向かう。
その先に待っているものが何なのか――。
まだ、紫乃は知らなかった。
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