渇望
*
倉庫の屋根の上で膝を抱えて
座り込んでいた紫乃は、
未だに目的の霊圧を捉えられずにいた。
風が吹き抜け、長い髪を揺らしていく。
その時だった。
一際強い風が吹いた直後、
下から倉庫の扉が開く音が聞こえた。
紫乃はゆっくりと立ち上がる。
そして――胸の奥が、大きく脈打った。
懐かしい霊圧。
忘れるはずのない気配だった。
紫乃は隣の倉庫の屋根へと飛び移り、
身を乗り出して下を見下ろす。
そこに、一人の男が立っていた。
百一年前。
腰まで届くほど長かった金髪は、
今では肩までのボブカットになっている。
死覇装ではなく現世の衣服を身に纏い、
以前とは違う姿をしている。
それでも――風に靡く金色の髪も、
口元から覗く綺麗な歯並びも、
そして何より、この懐かしい霊圧も。
紫乃には分かった。
「……真子さん?」
呼びかける声は、わずかに震えていた。
平子は足を止める。
そして少しの間を置いてから、
ゆっくりと顔を上げた。
「……紫乃」
その声を聞いた瞬間、
紫乃の胸が大きく締め付けられた。
間違いない。
姿は変わっている。
それでも、この人だ。
自分がずっと会いたかった
――平子真子だった。
紫乃は屋根から飛び降り、
平子の前へと降り立つ。
「本当に……?」
信じられない。
目の前にいることが、夢ではないのかと思う。
紫乃の瞳に涙が滲んだ。
そして、堪えきれなく
なったように平子へ駆け寄る。
「……会いたかった……!」
紫乃はそのまま平子の胸にしがみつき、
顔を埋めた。
百年以上。
ずっと会いたかった。
生きているのかさえ分からなかった。
もう二度と会えないのだと思っていた。
それが今、こうして目の前にいる。
紫乃の肩が小さく震える。
けれど、平子は抱き返さなかった。
突然しがみつかれた身体を支えることもせず、
胸元で啜り泣く紫乃を、ただ見下ろしている。
「ひよ里さん達は……?」
あの時、共に行方不明になった人達。
紫乃は顔を埋めたまま、問い掛けた。
「他の奴らも中におる」
平子は短く答えた。
その言葉に、紫乃の表情が僅かに緩む。
生きている。
皆、生きていた。
そう分かった瞬間、
平子の服を掴む手に力が入った。
「ごめんなさい……」
紫乃の声が震える。
「私…あの時、何も気付けなくて……
何も出来なくて…真子さん達を守れなくて……」
百一年前。
何が起きているのかを理解する間もなかった。
平子達は虚化し、護廷十三隊から
虚になったからと処分されようとした。
そして浦原が彼らを救い、現世へ逃がした。
その一連の出来事の中で、
紫乃には何も出来なかった。
庇うことも。
助けることも。
真実を見抜くことさえ出来なかった。
その後悔は、百年以上経った今も
消えてはいなかった。
ずっと胸の奥に残り続けていた。
生きている。
こうして再び会えた。
それだけで救われるとは限らない。
それでも――会えたことが、嬉しかった。
紫乃の胸には、ようやく届いた喜びが溢れていた。
しかし、その高揚とは裏腹に。
平子は冷静な声で告げた。
「……なんで此処におんねん」
そう言って、平子は紫乃の身体を
自分から引き離した。
「喜助に聞いて……」
紫乃は正直に答える。
平子は何も言わず、紫乃を見下ろした。
涙を溜めた瞳。
昔と変わらない表情。
その姿を目の前にして、
平子の肩を掴む手に力が入る。
「お前は……此処にいたらあかん」
突き放すような言葉だった。
「……真子さん」
紫乃の力が抜ける。
ずっと会いたかった人から向けられた拒絶。
やはり――恨まれている。
紫乃はそう悟った。
平子は視線を逸らさず、淡々と言葉を続ける。
「虚化した俺らは、仮面の軍勢と名乗っとる。
もう死神やあらへん」
その声には、昔のような柔らかさはなかった。
「此処におれば、他の死神に感知されて
疑惑を持たれかねない。お前まで巻き込まれる」
平子は短く息を吐く。
「……はよ帰り」
その言葉だけが、倉庫街に静かに響いた。
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