静かに前へ


*





その日の夕刻。

紫乃は、ゆっくりと目を覚ました。

「……此処は……」

掠れた声で呟きながら身体を起こす。

見覚えのある天井。
そして、身体に掛けられた布団。

そこは、治療を受けた時と同じ
浦原商店の一室だった。

「紫乃さん、おはようっス」

襖の向こうから声がして、
ほどなくして浦原が扇子を片手に入ってくる。

紫乃は顔を上げ、その姿を見つめた。

「……喜助」

浦原はいつもの飄々とした笑みを浮かべたまま、
紫乃の隣へ腰を下ろす。

「平子さんがここまで運んだんスよ。
白伏で気絶させたようで……」

淡々と状況を説明する浦原。

紫乃は黙ってその言葉を聞いていた。

そして、浦原は少しだけ表情を和らげる。

「まぁ、とにかく……
会えたようで良かったっスね」

一拍置いて、続ける。

「でも、これで分かったでしょう? 
彼らの置かれた状況と――死神との決別を」

その言葉に、紫乃の視線が静かに落ちる。

「……うん」

小さく頷いた。

分かっていたつもりだった。

けれど、実際に平子真子と向き合って、
その言葉を聞いて。

ようやく、理解した。

もう、自分たちは仲間ではない。

かつて同じ場所で戦い、
笑い合った仲間たちは――もう、
死神ではないのだ。

胸の奥に、鈍い痛みが残る。

それでも紫乃は、ゆっくりと息を吐いた。

「ありがとう、喜助」

紫乃はそう言って布団を退け、立ち上がった。

その姿を、浦原は見上げる。

「どこに行くんスか?」

問い掛けに、紫乃は少しだけ振り返った。

「皆んな、次の戦いに向けて
修行を始めてるんでしょう?」

そして、迷いのない声で続ける。

「私も、藍染を倒すことだけを考えるよ」

その表情には、先ほどまでの寂しさが
ほとんど残っていなかった。

やるべきことが、明確になったからだろう。

紫乃はいつものように、
どこか余裕のある笑みを浮かべていた。

その笑顔を見た浦原は、ほんの僅かに目を細める。

「……流石、お強いっスね」

そう笑って、帽子を深く被る。

隠れるように目線を落とした浦原の表情は、
紫乃からは見えなかった。

諸悪の根源は、藍染惣右介だ。

彼がいなければ、
平子たちが追われることもなかった。

彼がいなければ、失われずに済んだものもあった。

ならば――その悪を倒す。

この戦いを終わらせなければならない。

それが、彼らが背負わされた
苦しみへの報いになるのなら。

紫乃は胸の奥に残る藍染惣右介への憎しみを、
今度こそ目を逸らさずに見つめた。

そして、その憎しみを抱えたまま――
前を向くことを決めた。








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