無垢
*
地上へ出た紫乃と浦原の前には、
四体の破面が空中に立っていた。
その直後、日番谷、乱菊、一角、弓親も合流する。
四体のうち一人――十刃のグリムジョーは、
すでに一護の元へ向かっていた。
残された三体。
そのうち、十刃の一人である
ルピと名乗った青年は、
日番谷、乱菊、一角、弓親の四人が
相手をすることになった。
浦原はもう一人の十刃、ヤミーと対峙する。
そして紫乃が向き合ったのは
――ワンダーワイスという名の破面だった。
「……」
紫乃は目の前の少年を見つめる。
「……あ〜あ〜」
ワンダーワイスは、
ただそれだけを繰り返していた。
言葉らしい言葉は、それしかない。
焦点の定まらない瞳で周囲を興味深そうに見回し、
何かを見つけるたびに「あ〜」と声を漏らす。
敵を前にしているという緊張感もない。
殺気も感じられない。
まるで、戦場に迷い込んだ赤子のようだった。
――だからこそ、不気味だった。
紫乃は無意識に、斬魄刀へ添えた手に力を込める。
「始めよう、宵椿」
瞬間、斬魄刀が姿を変えた。
大きな鉄扇を手に、紫乃は地面を蹴る。
「――!」
瞬歩。
一瞬で間合いを詰め、ワンダーワイスの目前へ。
「刹華・葬舞!」
鉄扇が開く。
開扇の勢いをそのまま斬撃へ変え、
紫乃は横薙ぎに振り抜いた。
その一撃を――。
ワンダーワイスは、躊躇なく素手で掴もうとした。
「――っ!」
スパンッ!
鉄扇の刃が、ワンダーワイスの手を斬り裂いた。
四本の指が宙を舞う。
そのまま勢いに乗せて頭部まで斬り抜ける
――はずだった。
ガキンッ!
まるで鉄と鉄がぶつかったような音が響く。
「……!」
紫乃の目が見開かれた。
斬れない。
確かな手応えがあったにもかかわらず、
ワンダーワイスの頭部には傷一つついていなかった。
躊躇のない無謀な受け方。
痛みを感じている様子すらない。
そして何より――。
「……あ〜」
ワンダーワイスは、斬り飛ばされた自分の手を
不思議そうに見つめていた。
次の瞬間。
失われた指が、みるみるうちに
元の形へ戻っていく。
「……!」
紫乃は息を呑んだ。
あまりにも速い。
再生。
それも、異様な速度だった。
「……そういうこと」
紫乃の表情から、僅かな迷いが消える。
この相手を放置してはいけない。
次に何をしてくるのか分からない。
ならば――ここで仕留める。
「花車ノ舞!」
紫乃は鉄扇を大きく開いた。
身体を回転させ、
その勢いを乗せて広い範囲を薙ぎ払う。
鉄扇が風を裂く。
一撃。
二撃。
三撃。
紫乃は舞うように身体を翻しながら、
連続して鉄扇を振るう。
しかし――。
ワンダーワイスは、その全てをひらり、
ひらりと躱していく。
まるで攻撃されていることすら
理解していないかのような動きだった。
そして突然、紫乃へ手を伸ばす。
「……っ!」
紫乃は鉄扇を立てて受け止める。
ガッ!
伸びてきた腕を扇面で受け、
そのまま大きく仰いで弾き飛ばす。
紫乃は一度、距離を取った。
「……」
ワンダーワイスは追ってこない。
紫乃ではなく――地面へ視線を落としている。
何かを見つけたらしい。
「あ〜」
先ほどまで戦っていたことなど忘れたように、
ワンダーワイスは地面に咲いていた
小さな花へ近づいていく。
しゃがみ込み、指先で花をつつく。
「あ〜」
その姿を見ながら、
紫乃は鉄扇を構えたまま立ち尽くした。
「……何なの、こいつは……」
敵意があるのかすら分からない。
なのに、その身体能力と再生力は異常なほど高い。
何より――行動そのものが読めない。
紫乃は、ワンダーワイスという存在の
異様さに翻弄されていた。
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