孤立
*
破面たちが去った後、
一護のもとには尸魂界から戻ってきた
ルキアが駆けつけていた。
一護の怪我の処置を終えたルキアは、
現在は自室で休んでいる。
一方、日番谷は乱菊の手当てを受け、
今夜は各自身体を休め、
翌朝に今後の対策を協議することになっていた。
しかし――。
翌朝、予定されていた対策会議よりも先に、
総隊長から通信が入った。
紫乃、乱菊、一角、弓親、恋次、ルキアの六人は
織姫の部屋へ集まり、
尸魂界と繋がるモニターの前に並ぶ。
「何の通信でしょうね……」
乱菊が不安げに呟いた、その時。
部屋の扉が開いた。
「遅れて悪い……!」
息を切らしながら入ってきたのは、
一護と日番谷だった。
「一護、もう怪我は良いのか……?」
ルキアが驚いたように一護を見る。
昨日の戦いで大怪我を負ったはずなのに、
もう立って歩いている。
その回復の早さに、ルキアは目を見張った。
日番谷はそんな一護を一瞥すると、
すぐに乱菊へ視線を向ける。
「霊波障害除去は?」
「完了したようです」
「繋いでくれ」
乱菊が操作すると、
モニターの画面が切り替わった。
そこに映し出された人物を見て、
紫乃が僅かに目を見開く。
「浮竹隊長……?」
映っていたのは、総隊長ではない。
十三番隊隊長――浮竹十四郎だった。
「総隊長じゃねえのか?」
日番谷も怪訝そうに眉を寄せる。
「代わって頂いた」
浮竹は静かに答えた。
「理由は?」
「井上織姫が現世へ向かう穿界門に入る時、
最後に見届けたのが俺だからだ」
「最後……って……」
紫乃の表情が曇る。
その言葉に、浮竹も神妙な面持ちになった。
「その反応を見ると……やはり彼女は、
そちらには到着していないようだな」
「どういう事だよ、浮竹さん……」
一護が一歩、モニターへ近づく。
「井上は……どこに……?」
焦りを滲ませた一護の問いに、
浮竹は一度目を伏せた。
そして、重い口を開く。
「穿界門を通る際につけた
護衛の二人の証言によれば――」
一拍。
「井上織姫は、破面側に拉致された……
若しくは、殺害されたと思われると……」
「……!」
部屋の空気が凍りついた。
拉致。
殺害。
どちらであったとしても、
織姫が危険な状況に置かれていることに
変わりはない。
しかし――。
「違う!」
一護がすぐさま声を上げた。
「井上は俺のところに来ている!
こいつを見てくれ!」
一護は自分の手首を突き出す。
「俺は昨日の戦いで、手首に大怪我をした!
現世側の誰にも治せなかった傷だ!」
言葉が早くなる。
「それが、朝起きたら跡形もなく治ってた!
ここに――井上の霊圧が残ってんだよ!」
その言葉に、全員が息を呑む。
ならば――。
織姫は、一度現世に到着している。
そして一護の傷を治した。
それが意味するものは――。
「……そうか。それは残念じゃ」
別の声が割り込んだ。
モニターの向こうに、
総隊長・山本元柳斎重國の姿が現れる。
「残念……?」
一護が眉を寄せる。
「どういう意味だよ……」
総隊長は、淡々と告げた。
「確かに、おぬしらの話通りなら、
井上織姫は生きておることになる」
「だったら――」
「然し」
一護の言葉を遮る。
「それは同時に、一つの裏切りを意味しておる」
「……!」
「もし拉致をされたのであれば、
おぬしに会う余裕などあるまい」
総隊長の声には、揺らぎがなかった。
「即ち、おぬしの傷を治して消えたという事は
――井上織姫は、自らの足で
破面の許へ向かったということじゃ」
「そんなわけ――」
一護が反論しようとした瞬間、
恋次が腕を伸ばし、一護の前を遮った。
「止せ」
「恋次……」
「これ以上喋っても、立場を悪くするだけだ」
恋次は一護を制すると、モニターへ向き直る。
そして、静かに口を開いた。
「……お話はわかりました。山本総隊長」
その声には、既に覚悟が滲んでいた。
「それではこれより、日番谷先遣隊が一人
――六番隊副隊長、阿散井恋次」
一歩、前へ出る。
「反逆の徒・井上織姫の目を覚まさせる為、
虚圏へ向かいます!」
「ならぬ」
即座に返された言葉だった。
「……!」
恋次が顔を上げる。
総隊長は続けた。
「破面側の戦闘準備が整っておると判明した以上、
日番谷先遣隊は全員、即時帰還せよ」
一護の表情が強張る。
「尸魂界の守護についてもらう」
「それは……」
ルキアが拳を握りしめる。
「井上を…見捨てろと言うことですか……」
「如何にも」
あまりにも迷いのない答えだった。
「一人の命と、世界の全て。
秤に掛けるまでも無い」
その非情な言葉に、紫乃の拳が強く握り込まれる。
爪が掌に食い込むほどに。
――分かっている。
総隊長の判断が何を意味するのか。
尸魂界を守る者として、
それが正しい判断なのだということも。
それでも。
目の前で仲間が見捨てられようとしている。
その現実を、紫乃は黙って
受け入れることしか出来なかった。
「…恐れながら、総隊長殿……」
ルキアの声が震える。
「その命令には…従いかねます……」
その言葉を聞いても、総隊長は驚かなかった。
むしろ――。
「やはりな」
静かに呟く。
「手を打っておいて良かった」
「……?」
その直後。
織姫の部屋に、穿界門が開いた。
「……!」
その向こうから現れた二人の姿に、
一同が息を呑む。
六番隊隊長――朽木白哉。
そして十一番隊隊長――更木剣八。
「……そういう訳だ」
更木が気だるげに口を開く。
「戻れ、お前ら」
「手向かうな」
白哉も淡々と告げる。
「力尽くでも、連れ戻せと命を受けている」
隊長二人まで派遣されている。
それを見れば、反論する余地など
残されていないことは明白だった。
一護はしばらく黙っていた。
やがて、拳を握り締める。
そして――覚悟を決めたように顔を上げた。
「……わかった」
その声は、悔しさを押し殺していた。
「尸魂界に力を貸してくれとは言わねえ」
一護はモニターの総隊長を真っ直ぐに見据える。
「せめて……虚圏の入り方を教えてくれ」
「一護……」
ルキアが呟く。
「井上は俺達の仲間だ」
一護は言葉を続けた。
「俺が一人で助けに行く」
「ならぬ」
またしても、即答だった。
「…………何…だと……?」
一護の顔から、僅かに血の気が引く。
総隊長は冷淡に告げる。
「おぬしの力は、この戦いに必要じゃ」
「……」
「勝手な行動も、犬死にも許さぬ」
一護は何も言えない。
「命があるまで待機せよ」
そして――。
「――以上じゃ」
通信が切れた。
モニターから総隊長の姿が消える。
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「…一護………」
ルキアが、苦しげに呟く。
「済まぬ……」
謝ることしかできなかった。
一護は俯いたまま、何も答えなかった。
やがて日番谷先遣隊は、一護を現世に残し――。
尸魂界へと帰還することになった。
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