兆し
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西の門からの侵入者は、
市丸ギンによって退けられた。
しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
侵入してきた旅禍を、
市丸ギンが意図的に逃がしたこと。
その事実を受け、
護廷十三隊では隊首会が開かれることとなった。
同時刻、副隊長たちは別室での待機を命じられていた。
緊急時に備え、副官章を装着して
待機するよう指示されたためだ。
紫乃も左上腕に副官章を装着すると、
指定された待機室へ向かった。
襖を開ける。
まだ誰もいない。
紫乃は室内へ入り、静かに腰を下ろした。
しばらくすると、廊下から足音が聞こえてきた。
襖が開く。
「あ……お疲れ様です。花房副隊長」
入ってきたのは、五番隊副隊長の雛森桃だった。
小柄な身体をさらに小さくするようにして、
丁寧に頭を下げる。
「お疲れ様、雛森さん。皆もそろそろかな」
紫乃はそう言って、廊下へ視線を向けた。
すると、遠くから複数の足音が近づいてくる。
「副隊長は副官章つけて、
二番側臣室に待機せよ……か」
「……っと」
指示内容を言いながら、襖が開いた。
七番隊副隊長、射場鉄左衛門。
そして六番隊副隊長、阿散井恋次。
二人が続けて入ってきた。
「阿散井くん、射場副隊長」
雛森が二人の姿を見て声を掛ける。
「雛森と花房さんか」
阿散井も二人へ視線を向けた。
その横から、射場が紫乃に声を掛ける。
「花房さん、流石早いのう」
「習慣だから」
紫乃はにっこりと笑って答えた。
緊急時には副官章を身につけて待機する。
それは紫乃にとって、今さら珍しいことではない。
ほどなくして、再び襖が開いた。
「お待たせぇ」
十番隊副隊長、松本乱菊が入ってくる。
部屋へ入るなり、乱菊は肩を竦めた。
「隊長・副隊長なんてのは尸魂界中に散らばって
忙しくしてるような連中ばっかだからねぇ。
全員集まるのには半日くらいかかるんじゃない?
ウチの隊長さんもサッパリ連絡つかないのよ。
困るわァ……」
「乱菊がまともなことを言ってる」
紫乃が何気なく口にすると、
「やだー!私はいつも真面目ですよ、紫乃さん!」
乱菊はそう言いながら、
紫乃の背中を勢いよく叩いた。
「っ……」
思った以上に強い。
酒席を共にすることも多い間柄だからか、
遠慮のない力加減だった。
紫乃は苦笑する。
賑やかな空気が流れる中、
その少し離れた場所では、
雛森と阿散井が話をしていた。
「……阿散井くん」
「あ?」
「うちの藍染隊長……見てない?」
雛森は小さな声で尋ねた。
立ったままの阿散井は、
僅かに間を置いてから答える。
「いや……見てねえ」
そう言って、雛森とは目を合わせなかった。
「そう……」
雛森は俯く。
「……ずっと……様子がおかしいの……。
今朝もずっとおかしくて……
でも聞いても何も答えてくれなくて……
あたし……どうしたらいいか……」
その声は震えていた。
今にも泣き出しそうな雛森を見て、
阿散井は僅かに表情を和らげる。
「……心配すんな。何もねえよ。
この召集だって、すぐ解かれるに決まってるさ」
安心させるように言葉を掛ける。
しかし、その会話を聞きつけた紫乃が
歩み寄ってきた。
「雛森さん。今の、本当?」
「花房副隊長……?」
思わぬところから声を掛けられ、
雛森が顔を上げる。
紫乃は彼女の前に立つと、真剣な表情で尋ねた。
「話が聞こえたんだけど、
藍染隊長の様子がおかしいって、どのように?」
雛森が答えるより先に、紫乃の言葉が続く。
「雰囲気や受け答えが、いつもと違うってこと?」
一つ。
「それって……まるで別人みたいな……」
また一つ。
質問を重ねる紫乃の瞳は、
雛森の反応を見逃すまいとしていた。
まるで、何かを確かめようと
しているかのようだった。
「え、えっと……」
雛森は思わず一歩後ろへ下がる。
「は、花房副隊長、どうしたんスか?」
阿散井が慌てて二人の間へ入った。
「そんな詰め寄るように、
いっぺんに質問して……!」
その声で、紫乃はようやく我に返った。
自分が雛森を追い詰めるような形に
なっていることに気づく。
「……そうね」
紫乃は一度目を伏せた。
「らしくなかった。異変続きだから、
心配しちゃって……ごめんね、雛森さん」
柔らかく微笑む。
雛森が小さく頷くのを確認してから、
紫乃は乱菊たちのところへ戻った。
すると、乱菊が不思議そうな顔で紫乃を見ていた。
「紫乃さんって、藍染隊長と親しかったっけ?」
「……あまり話さないけど、
古い付き合いだからね」
紫乃はそう答えた。
それを聞いていた射場が、納得したように頷く。
「花房さんも古株じゃからのう」
「本当よねぇ」
乱菊が紫乃を見る。
「隊長でもおかしくないのに」
その言葉に、紫乃は特に反論しなかった。
ただ、静かに待機室の外へ視線を向ける。
先ほど雛森が口にした言葉が、
妙に引っ掛かっていた。
――藍染隊長の様子がおかしい。
以前にも、似たような違和感を覚えたことがある。
けれど、それが何だったのかまでは、
今の紫乃には思い出せなかった。
「……気のせい、ならいいけど」
紫乃は小さく呟き、
再び待機室の中へ視線を戻した。
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