信頼
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京楽と別れた後。
夜の瀞霊廷は昼間の賑わいが
嘘のように静まり返り、
石畳を照らす月明かりだけが
淡く道を白く染めていた。
秋めいた夜風が頬を撫で、
酒で火照った身体には心地よく感じられる。
「海燕〜、歩くの早いよぉ〜」
紫乃は前を歩く海燕の死覇装を掴み、
引っ張られるようにして
二番隊隊舎への道を歩いていた。
普段の落ち着いた口調からは
想像もできない甘えた声に、
海燕は深いため息をつく。
「お前なぁ……」
呆れ半分、心配半分の声音だった。
「気を付けろよって言ったばっかなのに、
早々に羽目外す奴があるかよ」
「えへへ〜」
紫乃は悪びれる様子もなく笑う。
「酒飲むなら、潰れるまで飲まないと意味ないよ〜」
「人に迷惑かけなきゃな」
海燕はそう返すと、少し歩幅を広げた。
しかし、それについていけなくなった紫乃は、
ふっと手を離してその場に立ち止まる。
「……海燕、怒ってる?」
俯いたまま、小さな声で尋ねる。
先ほどまでのへらへらした笑顔が
嘘のようにしおらしい。
海燕は足を止め、振り返った。
月明かりに照らされた紫乃は、肩を落とし、
申し訳なさそうに視線を伏せている。
その姿を見て、海燕は苦笑した。
「怒ってる」
一拍置いて続ける。
「心配だから怒ってんだよ」
その言葉だけ残すと、海燕は紫乃の前まで戻り、
背中を向けてしゃがみ込んだ。
「お前のペースで歩いてたら埒が開かない。乗れ」
「えへへ……ありがとぉ……」
紫乃はふにゃりと笑い、
遠慮もなく海燕の背中へ身体を預ける。
海燕は慣れた手つきで紫乃を背負い、
そのまま立ち上がった。
「重くない?」
「そんな心配する余裕あるなら歩け」
「えへへ」
また笑う。
その笑い声に、海燕は肩を竦めた。
夜道に足音がゆっくりと響く。
背中越しに伝わる体温は思っていたより熱く、
酒で火照っていることがよく分かった。
「ごめんね……海燕……」
紫乃は背中にもたれかかり、
今にも眠ってしまいそうな声で呟く。
「何年迎えに来てると思ってんだよ」
海燕はまた呆れたようにため息を吐く。
こうして酔った紫乃を回収するのは、
一度や二度ではない。
「いつもありがとぉ……」
小さく礼を言ったあと、
紫乃は少しだけ間を置いた。
「でも……」
夜風に溶けるような静かな声。
「海燕に、もし好きな人が出来たら……
迎えに来ちゃ駄目だからね……?」
海燕は少しだけ目を細めた。
振り返らないまま歩き続ける。
「なら、先にお前が迎えに来てほしい奴を作ってくれ」
照れ隠しのように返したその言葉に、
紫乃は返事をしなかった。
代わりに、小さく息を吐く音が聞こえる。
しばらくして、海燕は背中の重みが
少し変わったことに気付いた。
「……寝たか」
紫乃は海燕の背中に頬を預けたまま、
穏やかな寝息を立てていた。
先ほどまで楽しそうに笑っていた酔っ払いとは
思えないほど安らかな寝顔だった。
「本当に調子いいんだからな」
苦笑を漏らしながら、海燕は歩き続ける。
月は高く、瀞霊廷を静かに照らしていた。
やがて二番隊隊舎へ辿り着く。
見回りをしていた女隊士が海燕に気付き、
慌てて駆け寄ってきた。
「志波三席、お疲れ様です!」
「悪い。いつものだ」
海燕が背中を少し揺らすと、
隊士はすぐに事情を察したように苦笑した。
「またですか」
「まただ」
二人で眠る紫乃をそっと受け渡す。
「お願いします」
「あとは任せてください」
女隊士は丁寧に紫乃を支え、
そのまま隊舎の奥へ運んでいった。
その背中を見届けた海燕は、
ようやく肩の力を抜く。
「……じゃあな、紫乃」
眠っている本人には届かないほど小さく呟き、
海燕もまた、静かな夜道へと歩き出した。
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