若き嫡男


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「朽木邸に、ですか?」

二番隊隊首室。

書類を抱えた紫乃は、
夜一の思い掛けない誘いに目を丸くした。

「そうじゃ。お主も来い」

夜一は当然のように頷く。

「しかし、こうした訪問に同席されるのは、
四楓院家に仕える蜂家の方々では?」

紫乃が首を傾げると、
夜一は手をひらひらと振った。

「会談ではない。ただ遊びに行くだけじゃ」

そして悪戯っぽく口角を上げる。

「お主も知っておるじゃろう?
朽木家の嫡男を」

その一言で紫乃も察した。

「もちろんです。ご誕生の折には
花房家からも祝状と贈り物を
届けさせていただきました」

「なら丁度良い。
一度会っておくと面白いぞ」

夜一はにやりと笑う。

「揶揄い甲斐がある」

その笑顔を見た瞬間、
紫乃は白哉へ同情してしまった。

「夜一様に気に入られたら、
さぞ苦労なさるでしょうね」

その言葉は、どこか自分自身へ
向けたものにも聞こえた。

夜一は楽しそうに笑うばかりだった。




しばらくして二人は瞬歩を交えながら
朽木邸へ向かう。

瀞霊廷でも一際広大な敷地を持つ朽木邸は、
無駄な装飾を削ぎ落とした
静謐な美しさを湛えていた。

白壁と黒い瓦。

手入れの行き届いた庭木。

張り詰めた空気すら、
朽木家らしい品格を感じさせる。

玄関で迎えたのは、
六番隊隊長にして朽木家当主、朽木銀嶺だった。

「夜一殿。よく来てくれた」

「銀嶺殿。先日は良い食事だった」

「気に入ってくれて何よりだ」

穏やかに言葉を交わした後、
銀嶺は紫乃へ視線を向ける。

「花房三席も、よく来られた」

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

紫乃は一礼し、風呂敷に包んだ
菓子折りを差し出した。

「一番街の和菓子屋の上菓子です。
宜しければ皆様で召し上がってください」

「お気遣い痛み入る」

銀嶺は侍女へ預けながら穏やかに微笑む。

「花房三席は真央霊術院を
首席で卒業されたと聞く」

「白哉は霊術院へ通わせず、
私が見ているが……中々筋は良くてな
ぜひ、見ていただきたい」

祖父らしい誇らしげな声だった。

「丁度、中庭で鍛錬している頃だ」

「案内しよう」

中庭は庭園というより鍛錬場だった。

余計な飾りは一切なく、
広々とした地面の中央で、
一人の少年が木刀を振っている。

白と灰青の袴。

襷掛けにした袖。

一振りごとに無駄のない太刀筋。

幼いながらも、既に朽木家らしい
気品を纏っていた。

こちらへ気付くと、木刀を下ろして駆け寄る。

「お祖父様!戻られたのですね!」

明るく声を弾ませた次の瞬間、
その視線は夜一へ向いた。

「四楓院夜一!」

ぴしり、と指を差す。

「また来たのか貴様は!」

「朽木と比べて四楓院は余程暇と見える!」

紫乃は思わず目を瞬かせた。

夜一をここまで堂々と怒鳴れる子どもは珍しい。

よほど普段から揶揄われているのだろう。

「はっはっは!瞬神夜一!」

夜一は胸を張る。

「仕事の速さもお主には到底及ばぬ!」

大人げなく言い返していた。

白哉はむっと頬を膨らませる。

「それで、その者は誰だ」

紫乃を睨む。

「どうせ貴様の側近か何かだろう」

銀嶺が静かに紹介する。

「二番隊三席、花房紫乃殿」

「花房家の御長女であり、
真央霊術院首席卒業の実績を持つ方だ」

紫乃は深く頭を下げた。

「白哉様がお生まれになった折、
花房家からも祝状を贈らせていただきました」

「直接お目に掛かれて光栄です」

その丁寧な所作を見て、白哉は夜一と見比べる。

「……フン」

そっぽを向いた。

「礼儀は夜一より上だな」

「ワシは朽木と同じ四大貴族の当主じゃからの」

夜一は平然と言う。

「礼儀など要らん」

「それを胸張って言う事ですか……」

紫乃は呆れて肩を落とした。

夜一はそんな二人を見比べる。

「紫乃はお主みたいに頭の堅い奴での」

「堅い者同士、話が合うと思うて連れて来た」

「そんな理由だったんですか……?」

紫乃は本気で衝撃を受けた。

「頭を柔らかくするには体を動かすに限る」

夜一は唐突に宣言する。

「お主ら、鬼ごっこじゃ」

「また勝手な事を……」

紫乃が呆れる。

白哉も負けじと胸を張った。

「貴様の遊びへ私を巻き込むな!」

「私は朽木家嫡男だ!」

「負けるわけがない!」

「ほう?」

夜一は楽しそうに笑う。

「なら試してみるが良い」

するり。

一瞬だった。

白哉の後ろへ回った夜一は、
髪留めの紐を鮮やかに抜き取っていた。

「なっ!?」

白哉が振り返る。

夜一は紐をひらひら揺らす。

「ほれ」

そして、それを紫乃へ放り投げた。

「えっ!?」

慌てて受け止める。

「これを奪われたら、お主の負けじゃ」

夜一は腕を組む。

「今日はワシは仕事はせん」

「逃げ切ってみよ」

白哉は顔を真っ赤にした。

「髪留めを返せ!」

片手を突き出す。

「花房紫乃!」

紫乃は紐と夜一を交互に見た。

夜一が仕事をしない。

その未来だけは容易に想像できる。

隊首室には後回しにされた書類が
山積みなのだから。

「白哉様……申し訳ありません!」

謝るや否や、紫乃は瞬歩で消えた。

「待て!」

白哉も即座に追う。

「貴様!」

「私より夜一の職務怠慢を取るのか!」

中庭を駆ける二つの影。

夜一は満足そうに高笑いした。

「はっはっはっ!」

その隣で銀嶺は静かに額へ手を当てる。

「やれやれ……」

小さくため息を吐いた。

「花房殿から冷静さを
学ばせてやりたかったのだが」

そう呟く銀嶺の願いは、
瞬神の悪戯によって見事に踏み潰されていた。







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