親交
*
瀞霊廷の一番街を抜けた先。
暖簾が風に揺れる行きつけの甘味処へ向かうと、
店先の床几台には見覚えのある金髪が揺れていた。
「平子隊長、お疲れ様です」
紫乃が声を掛けると、平子は餡蜜を一口
頬張ったまま片手をひらりと上げた。
「お疲れさん。先頂いてるで」
まるで常連のように当然の顔で
餡蜜を味わっている姿に、
紫乃は思わずくすりと笑ってしまう。
「気に入って頂けて良かったです」
穏やかに微笑みながら続けた。
「先日はご馳走して下さり、
ありがとうございました」
以前ここで餡蜜を食べた際、
自分の分まで支払ってくれたことを
思い出して礼を伝える。
「ええねん、ええねん」
平子は気楽そうに笑い、
手にした匙をくるりと回した。
「隊長やねんから、奢って当然やろ」
その気負いのない返しに、
紫乃はもう一度「ありがとうございます」と
笑顔を向けた。
それから暖簾をくぐり、
店主へいつもの注文をした。
「餡蜜を一つ、お願いします」
「はいよ」
聞き慣れた返事が返ってくる。
紫乃は再び外へ出ると、平子の隣へ腰を下ろした。
穏やかな風が暖簾を揺らし、
どこからか甘く炊いた小豆の香りが漂ってくる。
「此処に数回来とるけど、
会わへんかったくらい、忙しいんやな」
平子が餡蜜をつつきながら尋ねた。
「はい」
紫乃は頷く。
「仕事がひと段落すると、ここへ来るんです。
張り詰めていた集中が、ふっと解ける気がして」
その言葉を聞いた平子は「なるほどなぁ」と
小さく笑った。
ちょうどその時、店主が餡蜜と
湯気の立つ茶を運んできた。
「お待ちどうさん」
「ありがとうございます」
紫乃は手を合わせる。
「頂きます」
寒天を一口。
続けて小豆を運ぶ。
黒蜜の優しい甘さが口いっぱいに広がると、
自然と肩の力が抜けていった。
その横顔を、平子はじっと見つめている。
視線に気付いた紫乃は、
少しだけ照れたように首を傾げた。
「な、何ですか?」
「いや」
平子は笑う。
「ほんま美味しそうに食うなぁ思うて」
そう言って、自分も餡蜜を口へ運んだ。
紫乃は自分の頬へそっと触れる。
「また顔に出てましたか?」
「出とる」
即答だった。
「隠そうとしても、
餡蜜食う時だけ分かりやすいわ」
「気を付けてるつもりなんですけど……」
少しだけ恥ずかしそうに俯く紫乃を見て、
平子はまた小さく笑った。
しばらく穏やかな時間が流れる。
茶を一口飲んだ平子が、
ふと思い出したように口を開いた。
「そうや、聞いたで」
「はい?」
「リサと京楽さんの三人で飲んだんやろ?」
紫乃は頷く。
「はい。たまたまお誘い頂いて」
「甘党が酒も好きなん、珍しいな」
平子は以前リサから聞いた話を思い返していた。
紫乃は餡蜜をもう一口食べながら答える。
「お酒も好きですよ。
翌日はすっきり目が覚めるので」
その答えに平子は少し意外そうな顔をする。
「二日酔いとか、ならへんの?」
「ないですね」
「へぇ」
平子は感心したように頷いた。
「矢胴丸副隊長とも初めてご一緒しましたけど、
とても楽しかったです」
その様子は本当に自然だった。
翌日もけろりとして仕事へ向かい、
酒席を楽しんだことだけを
覚えているような口ぶり。
平子は心の中で思う。
——やっぱり相当酒強いんやな。
リサが言っていた「酒好きどころやない」
という言葉を思い返しながらも、
その意味まではまだ理解していなかった。
餡蜜を食べ終えた頃、平子は匙を器へ置いた。
「仕事も区切り付いたんやろ?」
紫乃が顔を上げる。
「なら飲みに行かへん?」
「え?」
「俺だけやなくて、よう飲みに行く奴らも誘うわ」
平子は気軽な調子で笑う。
「どうや?」
思いもよらない誘いに、紫乃は少し考え込んだ。
「他所の隊長同士の飲み会に、
私が混ざるのは……あまり宜しくないのでは」
いかにも紫乃らしい、真面目な返答だった。
平子は肩を竦める。
「本人らが歓迎しとるのに、何が問題なん?」
あまりにもあっさり返され、
紫乃は少しだけ目を瞬かせた。
「平子隊長がそう仰るなら……」
紫乃は小さく笑って頷いた。
「ぜひ、ご一緒させてください」
「決まりやな」
平子は満足そうに笑い、湯呑みを持ち上げた。
「決まりやな」
平子は満足そうに笑い、湯呑みを持ち上げた。
そしてその席で平子は、
自分が思い描いていた「酒好き」と、
花房紫乃という女の酒癖が全く別物だったことを、
身をもって知ることになる。
まだ、この時は知らない。
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