素顔


*




飲み会が始まってしばらく。

最初こそ紫乃は少し緊張した様子で
杯を傾けていたが、その空気はすぐに
賑やかな笑いへと変わっていった。

「もうあいつ夜中もちまちま作っとるから、
うっさいねん!」

ひよ里が机を叩きながら浦原の愚痴をぶちまける。

「元同僚やろ! あいつ何とかせえ!」

「浦原隊長は元々そうなので…」

突然八つ当たりされた紫乃は
困ったように笑うしかない。

「紫乃に当たんなや、ボケ」

平子がすかさず口を挟めば、ひよ里が睨み返す。

「何や、ハゲ真子!」

「また始まった」

拳西が呆れたように肩を竦める。

「店で暴れんなよ」

羅武も苦笑しながら止めに入り、
リサは酒を一口飲んで淡々と言った。

「毎回喧嘩して、よう飽きひんな」

そのやり取りがあまりにも自然で、
紫乃は思わず吹き出した。

「ふふっ……」

隊も立場も違うはずなのに、
この卓には妙な気安さがある。

料理が進み、酒が進み、笑い声が絶えない。

いつしか緊張はすっかり解けていた。

紫乃は冷酒を注いだガラスのお猪口を飲み干し、
もう一杯注ごうと徳利を傾ける。

しかし、雫が一滴落ちただけだった。

「あら……」

空になった徳利を覗き込む。

「紫乃、追加頼むか?」

拳西が何気なく声を掛けた。

「は〜い、飲みます〜」

ふにゃりと笑った。

頬はほんのり赤く染まり、
その笑顔は先ほどまでの
落ち着いた雰囲気とは
別人のように柔らかい。

その瞬間だった。

拳西が固まる。

向かいにいたひよ里も固まる。

平子に至っては、手に持っていた
ねぎま串をぽろりと落とした。

「……」

数秒の静寂。

その空気を切ったのはリサだった。

「あ、出来上がったわ」

あまりにも落ち着いた一言だった。

「え……誰やねん、こいつ」

ひよ里が本気で困惑する。

「誰って紫乃ですよぉ〜」

紫乃はけらけら笑った。

「も〜猿柿副隊長、
もう酔っちゃったんですかぁ〜?」

そう言いながら、当然のようにリサへ寄り掛かる。

「あ、矢胴丸副隊長も次何頼みます〜?」

空になったグラスの縁を
指先でなぞりながら首を傾げる。

「日本酒飲みますかぁ?」

「だから日本酒嫌いやねん」

リサは即答した。

「あ〜店員さ〜ん!」

通り掛かった店員へ紫乃が元気よく手を振る。

「冷酒同じの一つとぉ、ハイボールとぉ、
酎ハイとぉ、ビール三つ下さぁい!」

「かしこまりました!」

店員は慣れた様子で注文を書き留めていく。

「リサ……これはどういう事やねん……」

平子はようやく我に返り、リサへ視線を向けた。

「この子、酒は好きでも酔ったらこれやねん」

リサは紫乃を親指で指した。

「キャラが全くちゃうやんけ!!」

ひよ里が机を叩いて叫ぶ。

しかし本人だけは周囲の動揺など
どこ吹く風だった。

「六車隊長ぉ」

紫乃が身を乗り出す。

「ずっと思ってたんですけどぉ、
筋肉すごいですねぇ〜」

そう言って拳西の二の腕へ
人差し指をそっと当てる。

すぅっと撫でる。

「おい」

拳西の眉がぴくりと動く。

「胸板もすごいですねぇ…
いつも鍛えてるんれすかぁ?」

今度は胸元へ手を伸ばそうとする。

「待て待て待て! 触るな!」

拳西は慌てて身体ごと距離を取った。

「え〜残念〜」

紫乃は悪びれもせず笑っている。

羅武はその様子を見ながら肩を震わせた。

「拳西、お前照れてんじゃねえか」

「照れてねえ!」

「顔赤いで」

「酒だ!」

認めない六車の騒がしさに続くように

「飲み物お待たせしましたー!」

店員が追加の酒を運んでくる。

冷酒。

ビール。

酎ハイ。

ハイボール。

ずらりと並んだ酒を見た瞬間、
紫乃の瞳がぱっと輝いた。

「わ〜い、お酒ぇ〜」

嬉しそうに徳利を抱え、お猪口へ酒を注ぐ。

そして一気に飲み干した。

「もう飲ませない方がいいんじゃねえか……?」

羅武が苦笑しながら呟く。

紫乃はむっと頬を膨らませた。

「愛川隊長、酷いれすよぉ〜」

お猪口を握ったまま身を乗り出す。

「私からお酒を奪うなんてぇ〜」

「ほら始まった」

リサが呟く。

「てっきり、めっちゃ酒強いんかと思ってたわ」

平子は額を押さえながら苦笑した。

紫乃はにこにことお猪口を掲げる。

「大丈夫れす〜」

もう一杯。

「まだまだ飲みますよぉ〜」

さらにもう一杯。

「お酒はぁ……潰れるまで飲むのがお酒れ〜す!」

元気よく宣言すると、お猪口を高く掲げた。

その言葉を聞いた五人は、
それぞれ顔を見合わせる。

——これは、長い夜になる。

誰もが同じ予感を抱いたのだった。







.