贈り物


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平子の隊首室へ足を踏み入れた紫乃は、
思わず部屋の中を見回した。

見慣れない柄のクッション。

洒落た木目の低いちゃぶ台。

部屋の隅には黒い円盤を載せる台と、細い針、
それを支える箱のような機械が置かれている。

二番隊の隊首室とは随分雰囲気が違った。

「適当に寛いでええで」

平子はそう言って、ハイカラな柄の
クッションへ腰を下ろす。

「失礼します」

紫乃も向かいへ座り、膝の上で手を揃えた。

「それで、お礼って何やねん」

「あの……昨夜は二番隊隊舎まで送って頂き、
ありがとうございました」

紫乃は紙袋から箱を取り出し、
ちゃぶ台へそっと置く。

「こちら、季節のフルーツ大福です。
宜しければ召し上がってください」

「そりゃまたご丁寧に」

平子は箱を受け取り、少しだけ目を丸くした。

「……って、酔うた事忘れるんとちゃうんか」

「お恥ずかしながら、
昨夜はぼんやりとしか覚えていなくて……」

紫乃は困ったように笑う。

「平子隊長が私を送り届けてくださったと、
隊士から聞きました。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

深く頭を下げた。

平子はその姿を見て、小さく息を吐く。

「……真子でええよ」

「はい?」

思わず顔を上げる。

「昨日約束したんやで」

平子は平然と続けた。

「二人きりの時は真子さんって呼ぶ事にしよって」

もちろん嘘だった。

昨夜の約束を思い出せるはずがないと
知った上での、小さな悪戯。

紫乃の顔から血の気が引いた。

「わ、私……そんな無礼な事を……?」

口元へ手を当てる。

「まさか今まで他の隊長方にも……?」

「ちゃうちゃう!」

平子は慌てて手を振る。

「俺がそうしよう言うたんや。
気にする所ちゃうで」

安心させるように笑った。

「仲良うなった証や」

その笑顔を見た瞬間。

紫乃の胸に、昨夜の月明かりがふと浮かんだ。

「……不思議ですね」

静かに呟く。

「何を話したか全く覚えていないのに」

平子の顔をじっと見つめる。

「真子さんの笑顔だけは、
月夜を背景に思い浮かぶんです」

平子は息を呑んだ。

「記憶を無くしてしまった事が惜しいくらい」

紫乃は柔らかく笑う。

「きっと私は、昨夜……
幸せな時間を過ごしていたのでしょうね」

少しだけ下がった眉。

忘れてしまった事を惜しむような、
その穏やかな笑顔。

平子は視線を逸らした。

芽生えた想いが、焦って零れそうになる。

「……せや」

空気を変えるように立ち上がる。

「紫乃は忘れてるやろうけど、
約束してたんやった」

壁際へ歩き、小さな瓶を手に取る。

ちゃぶ台へ置かれたのは、
『椿油』と書かれた小瓶だった。

「これは……?」

「昨日、俺の髪めっちゃ触って、
『綺麗や』って褒めてくれてたんやけど」

「えっ!?」

紫乃は勢いよく頭を下げた。

「申し訳ありません!」

「それはええねん」

平子は笑う。

「褒めてくれるから、
使うてる椿油あげるって約束したんや」

未開封の瓶を紫乃へ差し出した。

「使うてな」

「ありがとうございます……」

大事そうに受け取る。

「でも」

平子は少し身を乗り出した。

「お前の髪も十分綺麗やで」

そう言って、紫乃の髪へ指先を通した。

さらり。

黒髪が指の間を滑る。

一瞬。

紫乃の心臓がどくりと大きく鳴った。

近い。

思わず息を止める。

「……ありがとうございます」

それしか言えなかった。

恥ずかしさを誤魔化すように視線を横へ逃がす。

そこで部屋の隅の機械が目に入った。

「そ、そういえば」

少し慌てたように指を差す。

「あれは何ですか?尸魂界では見た事がなくて」

「ああ」

平子も振り返る。

「レコードや」

立ち上がって機械の前へ向かう。

「現世の音楽を聴くもんや」

紫乃も後を追い、隣へ並んだ。

平子は黒い円盤を台へ載せる。

「この針を乗せて」

細い針を静かに落とす。

「ほんで、これ押したら」

かちり。

小さな音が鳴る。

ゆっくりと円盤が回り始めた。

やがて。

部屋へ静かな音色が流れ出す。

紫乃は目を見開いた。

「……綺麗」

初めて耳にする現世の音楽。

欧州の楽器が幾重にも重なり、
柔らかな旋律が隊首室いっぱいへ広がっていく。

二番隊では聞いた事のない音。

異国の風景を思わせる優しい響きだった。

二人は言葉もなく、その音色へ耳を傾ける。

昨夜は失われてしまった記憶。

けれど今この瞬間だけは違う。

穏やかな旋律と共に流れる時間は、
確かに二人だけの思い出として、
紫乃の記憶へ静かに刻まれていった。







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