前兆
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さらに振り子は揺れ動く。
時は、浦原喜助が十二番隊隊長へ
就任してから九年後。
現代から遡ること百一年前。
穏やかに積み重なっていた日常は、
気付かぬうちに音を立て始めていた。
流魂街では住人が原因不明の
変死を遂げる事件が相次ぎ、
瀞霊廷では不穏な噂が静かに広がり始めている。
誰もまだ、その先に待つ惨劇を知らない。
これが、あの事件の始まりだった。
「あ、紫乃さん」
瀞霊廷の石畳を歩いていた紫乃は、
向かいから歩いてくる三人へ顔を上げた。
浦原喜助。
猿柿ひよ里。
そして涅マユリ。
技術開発局の開設から九年。
三人は揃って白衣にも似た
独特な白い羽織を纏い、
同じ組織の人間だと
一目で分かる装いになっていた。
「浦原隊長、猿柿副隊長、お疲れ様です」
書類を抱えたまま、紫乃は丁寧に一礼する。
顔を上げてから、
もう一人へも穏やかに声を掛けた。
「涅さんも、お疲れ様です」
「フン……」
マユリは露骨に顔を背けた。
「貴様如きが、ワタシをついでのように扱うとは。
実に不愉快だ」
「え?」
紫乃が首を傾げると、
マユリは不満げにひよ里を指差した。
「ワタシは技術開発局副局長だ。
そこの小娘より階級が上だというのに、
何故先にワタシへ挨拶しない?」
「何やと!?」
ひよ里が即座に噛み付く。
「アタシは副隊長やぞ! お前は三席やろ!」
しかしマユリは一歩も退かない。
「十二番隊の主たる活動は技術開発局だろう?
君は局長補佐。ワタシは副局長だ。
組織としてはワタシの方が上だ」
「上とか抜かすな!!」
今にも殴り掛かりそうな勢いでひよ里が詰め寄る。
「まぁまぁ、ひよ里さん。落ち着いてください」
浦原は困ったように笑いながら、
その間へ割って入った。
どうやら、このやり取りは日常茶飯事らしい。
紫乃も思わず苦笑を漏らし、
「涅さん」と言って、一歩前へ出た。
「確かに技術開発局では、
浦原隊長が局長で、涅さんが副局長です」
まずは相手の主張を認めるように話し始める。
「ですが、それは十二番隊内部での役職です」
穏やかな口調のまま続けた。
「護廷十三番隊全体で見れば、
浦原隊長、猿柿副隊長、涅三席という
席次になります」
「ですから、他隊から見た貴方の席次は、
私と同じ三席です」
マユリは眉をぴくりと動かした。
紫乃は柔らかく笑みを添える。
「ちなみに私は二番隊では三席ですが、
貴方がいた蛆虫の巣を管理する檻理隊では、
部隊長です。」
「それでも護廷十三番隊では、
三席という扱いに変わりはありませんよ」
理路整然とした説明だった。
「……弁が立つ女ほど憎たらしいものはないね」
マユリは鼻を鳴らし、また顔を背ける。
すると、ひよ里が待ってましたと
ばかりに変顔を作った。
「やーい! 論破されてやんのー!」
「君は本当に知性がないね」
「なんやと!」
再び火花が散る。
その光景を眺めながら、
浦原と紫乃は揃って苦笑した。
ひとしきり騒ぎが落ち着いたところで、
浦原がふと思い出したように口を開く。
「そういえば紫乃さん、
最近の事件は知ってます?」
事件。
その一言で思い浮かぶのは一つだった。
「流魂街の変死事件ですよね」
紫乃は頷く。
「もちろん。二番隊でも調査していますが、
まだ手掛かりは掴めていません」
抱えていた書類を少し持ち直す。
「表向きには九番隊の六車隊長が
調査へ当たっているはずです」
「そうっスか……九番隊が」
浦原は何か考え込むように視線を落とした。
その反応に紫乃は首を傾げる。
「何かあるの?」
浦原は一瞬だけ考え、それから小さく首を振った。
「いえ。まだ確証が無いので」
「分かったら報告します」
穏やかな笑顔は変わらない。
けれど、その目だけは少しだけ真剣だった。
「原因が分からない以上、
特に夜は不用意に出歩かない方が安全っス」
その忠告に、紫乃は小さく笑う。
「しばらくは飲みに行かない方が良さそうだね」
半分冗談のつもりだった。
浦原は即座に返した。
「紫乃さんは特にそうっスね」
「……」
自分で言い出したこととはいえ、
妙に説得力のある返しだった。
紫乃は複雑そうに苦笑すると、
四人の間には束の間だけ穏やかな笑いが零れた。
その笑いの裏側で、不吉な歯車は、
誰にも止められぬまま静かに回り始めていた。
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