約束


*





リサに隊首会議の覗き見を暴露された紫乃は、
集まった隊長たちの視線を一身に浴びていた。

手にした報告書を、ぎゅっと握り締める。

「わ、私は……その……」

一番隊へ来た本来の目的は、
もちろん大前田から預かった
報告書を届けることだった。

然し、拳西と白の霊圧が消失したと聞き、
気になって隊首会議の場まで
来てしまったことも事実だ。

これでは言い訳のしようがない。

紫乃が言葉に詰まっていると、
京楽が呆れたように言った。

「リサちゃんが強引に誘ったんでしょ。
駄目じゃない、後輩まで巻き込んじゃ」

「勉強や」

リサは悪びれもせず答える。

「リサちゃん。話は?」

京楽の表情から柔らかな笑みに変わり、
落ち着いた声で確認する。

「聞いた」

「頼める?」

「当たり前!」

迷いのない返事だった。

京楽は小さく頷く。

「じゃ、よろしく」

リサは親指をぐっと立てた。

それから紫乃へ一瞬だけ視線を向ける。

言葉はなかった。

けれど、その目はまるで
――安心しろ、と言っているようだった。

「……」

紫乃の胸が、じんと熱くなる。

リサはそのまま身を翻し、
現地へ向かうために走り出した。

「余計なことを……」

総隊長が呆れたように呟く。

京楽は肩を竦めると、
先ほどまでの緊張を吹き飛ばすような、
からりとした笑みを浮かべた。

「だって、こんなでっかい案件、
滅多にお目にかかれるもんじゃないでしょ」

「部下に経験を積ませてやりたい親心、
分かってやってもらえませんかね
大丈夫。ああ見えて、
うちのリサちゃんは結構強いんだから」

そして、握菱鉄斎へ視線を向ける。

「そんな訳なんで、
譲ってもらっちゃってもいいかな? 
大鬼道長さん」

握菱はしばし京楽を見つめた後、穏やかに笑った。

「構いませんぞ」

「それでは私はお言葉に甘えて、
休ませて頂くとしましょうかな」

そう言って、静かに身を引いた。

総隊長は一連のやり取りを見届けると、
これ以上の議論を切り上げるように声を張る。

「では――」

一同へ向け、厳然と告げる。

「鳳橋楼十郎!平子真子!愛川羅武!
有昭田鉢玄!矢胴丸リサ!以上の五名を以て、
魂魄消失案件の始末特務部隊とする!」

その言葉を合図に、隊長たちが一斉に動き始めた。

紫乃は小窓から少し後ずさった。

その瞬間だった。

ふわっ――。

目の前に、金色の髪が舞い降りる。

瞬歩。

気付けば、平子が紫乃の前に立っていた。

「真子さん……」

紫乃が不安げに呟く。

平子は何も言わず、紫乃の左肩へ手を置いた。

大きく、骨ばった細い手。

普段の軽薄さなど微塵もない。

「必ず戻る」

低く、重い声だった。

耳元へ落とされたその一言に、紫乃は息を呑む。

平子はそれ以上何も言わなかった。

ただ一度だけ紫乃を見て――。

再び瞬歩で、その場から消えた。

取り残された紫乃は、しばらく動けなかった。

左肩に残された手の感触だけが、妙に熱い。

胸の奥が、ざわついている。

何故なのか。

自分でも分からない。

ただ、嫌な予感だけが消えなかった。

紫乃が黙ったまま俯いていると、
背後から声が掛かる。

「紫乃。こっちへ来い」

夜一だった。

「……はい」

紫乃は顔を上げ、本堂の中へ戻る。

夜一はそんな紫乃を見て、呆れたような、
それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

「全く……誰より真面目なお主が、
随分と大胆なことをしたものじゃな」

「申し訳ありません……」

紫乃は素直に頭を下げる。

「一番隊には用があって、
その時に隊首会議が開かれたので…
気になってしまって」

「ふむ」

夜一はそれ以上責めることなく、
口元だけで笑った。

その時だった。

「花房紫乃」

低い声が響く。

紫乃の背筋がぴんと伸びた。

振り返ると、総隊長がこちらへ歩み寄ってくる。

「会議に割り入ってしまい、
申し訳ありませんでした」

紫乃は深々と頭を下げた。

「矢胴丸リサが誘導したとして、
今回は不問とする」

「……ありがとうございます」

紫乃は安堵に胸を撫で下ろした。

すると夜一が声を掛ける。

「帰るぞ、紫乃」

「この報告書を届けねばなりませんので……」

紫乃は腕に抱えた書類へ目を落とした。

「夜一様はお先にお戻りください」

「紫乃」

ぴたり、と空気が変わった。

夜一の声は静かだった。

先ほどまでの軽さはない。

紫乃へ歩み寄り、真っ直ぐに目を見る。

「分かっておるだろうが――無茶はするな」

その言葉に、紫乃は一瞬だけ目を伏せた。

おそらく夜一も、同じことを考えている。

現地へ向かう可能性。

そして、自分も何かしなければと
動いてしまう可能性を。

「はい」

紫乃は、今度は迷いなく答えた。

平子は言った。

――必ず戻る。

ならば、自分は自分に出来ることをするだけだ。

抱えていた報告書を持ち直す。

その瞳には、先ほどまでの動揺はもうなかった。

ただ、静かな決意だけが宿っていた。







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