絶望


*





五番隊隊舎を出た紫乃は、
茂みの中を縫うようにして
木々から木々へと飛び移っていた。

藍染は、何かを隠している。

確証があるわけではない。

事件に関与しているのかどうかも、
まだ分からない。

それでも――。

この目で確かめる必要がある。

手遅れになる前に。

紫乃は一度地面へ着地すると、
再び足場になりそうな木へ飛び移ろうとした。

その瞬間だった。

目の前に、何かが現れた。

手のひら。

視界を覆うように差し出されたそれが、
強烈な光を放つ。

「白伏……」

気づいた時には、もう遅かった。

視界が白く染まり、意識が急速に遠のいていく。

身体から力が抜ける。

紫乃はそのまま地面へ崩れ落ちた。

そして、その傍らに二つの人影が立つ。

藍染惣右介と、市丸ギン。

「……やはり、身代わりの
違和感に気づいたか。花房紫乃」

藍染は、倒れた紫乃を見下ろしながら
感心したように呟いた。

「しかし、気づいたところで、
誰に報告しようとも信じる者はいなかっただろう」

眼鏡の奥の瞳が、静かに細められる。

「皆、既に鏡花水月の完全催眠に
落ちているのだから」

「催眠にかかっとったのに
気づけるなんて……何者や、この人」

ギンが倒れた紫乃を眺めながら、
感心したように言う。

「彼女は霊圧探知能力が異常に高い。
二番隊でなければ、隊長、副隊長にも
すぐ登れる人材だろう」

藍染は淡々と答えた。

「それでも、凡人として日々を過ごすことに
気を許していると、こうなる」

そして、足元に倒れる紫乃へ視線を落とす。

「典型的な、愚か者だよ」

その言葉に、ギンは何も返さなかった。

藍染はしばらく紫乃を見下ろした後、
静かに続ける。

「彼女はこのまま捨てておく」

「浦原喜助に襲われたとでも
記憶を改竄しておけばいい。
五番隊隊舎へ来たことも、なかったことにする」

その声音には、一切の迷いがない。

「五番隊の隊士たちの記憶も同様だ」

藍染は、これから起こることを
確認するように言葉を続けた。

「主犯を浦原喜助。そして
握菱鉄裁を共謀者として捕らえる」

「平子真子らは虚化した死神として処刑するよう、
中央四十六室にも催眠を施す」

そして、再び紫乃を見る。

「その状況で目を覚ました彼女は、
絶望するだろうね」

僅かに口元を上げる。

「それを眺めるのも、悪くない」





◇


紫乃が目を覚ましたのは、四番隊の救護室だった。

身体を起こそうとすると、全身に僅かな鈍痛が走る。

「……っ」

思わず眉を寄せる。

何が起きたのか。

意識を失う直前の記憶を辿ろうとした、その時だった。

「花房三席。ご体調はいかがですか?」

扉が開き、卯ノ花が入ってくる。

「卯ノ花隊長……」

紫乃はゆっくりと顔を上げた。

「私……白打を……」

その言葉に、卯ノ花は静かに頷く。

「恐らく、浦原喜助にやられたのでしょう」

「……喜助…?」

その名前を聞いた瞬間、紫乃の表情が強張った。

卯ノ花は続ける。

「花房三席は、九番隊野営地近くの
茂みで発見されました」

「……」

「勝手な行動を取ったことに
対する処分については、
二番隊が決定するそうです」

「……そう、ですか」

紫乃は俯いた。

浦原喜助。

その名を聞いても、まだ信じられない。

けれど、自分が白打を受けて
倒れたという事実だけは確かだった。

「白打から目覚めたばかりですから、
まだ混乱しているかと思いますが……」

卯ノ花が穏やかに問いかける。

「野営地には、浦原喜助の霊圧反応がありました。
何か、思い当たることはありますか?」

「……」

紫乃は黙り込んだ。

記憶を探る。

九番隊野営地へ向かおうとしていた。

その途中で――。

「……喜助の、霊圧……」

ぽつりと呟く。

そうだ。

確かに、感じた。

そして次の瞬間には、白打を受けていた。

「……まさか、喜助が……?」

信じたくない。

けれど、他に思い当たるものがない。

紫乃の中では、それが疑いようのない
記憶として残っていた。

その時、救護室の扉が開いた。

「花房三席が目覚めたと聞きました」

入ってきたのは、二番隊の隊士だった。

「さすが早いですね」

卯ノ花が言う。

「緊急ですので。
花房三席を二番隊へ連れ帰ります」

隊長である卯ノ花を前にしても、
隊士は淡々と答えた。

紫乃はベッドから降りる。

「……卯ノ花隊長、ありがとうございました」

頭を下げる。

「どうか、お大事に」

卯ノ花の言葉を背に、
紫乃は四番隊の救護室を後にした。




二番隊へ戻る道すがら。

紫乃は、付き添っている隊士から
現在の状況を聞かされていた。

そして――。

言葉を失った。

今回の魂魄消失事件。

その真相は、浦原喜助による
死神の虚化計画だったという。

事件現場にいた握菱鉄斎も
共謀した可能性があると判断され、
既に捕らえられている。

そして。

虚化した死神たちは
――処分されることが決定された。

九番隊隊長、六車拳西。

九番隊副隊長、久南白。

十二番隊副隊長、猿柿ひよ里。

七番隊隊長、愛川羅武。

三番隊隊長、鳳橋楼十郎。

八番隊副隊長、矢胴丸リサ。

副鬼道長、有昭田鉢玄。

そして――。

五番隊隊長、平子真子。

「以上八名は、虚として処分される
ことが決定されました」

隊士の淡々とした声だけが、耳に残った。

「……」

紫乃は何も言えなかった。

頭の中が、真っ白になる。

浦原喜助が、平子たちを虚化させた。

そして、自分もその浦原に襲われた。

その事実だけが、紫乃の中に残っている。

けれど。

それ以上に、胸を締めつけたのは――。

「……真子、さん……」

震える声で、その名だけが零れた。

『必ず戻る』

あの言葉を、信じていた。

必ず戻ってくると。

そう、信じていたのに。

――戻ってこない。

紫乃の胸の奥で、何かが音もなく崩れ落ちた。








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