崩壊
*
「処分が決定されるまで、業務停止。
外出も不可となります」
淡々と告げられた言葉を聞きながら、
紫乃は二番隊隊舎の廊下を歩いていた。
隊士に付き添われ、自室へ戻される。
規律違反程度のことであれば、
処分はすぐに決まるはずだった。
むしろ、既に何らかの処分が
下されているものと思っていた。
それなのに――まだ決まっていない。
「……夜一様は?」
紫乃が尋ねると、付き添っていた隊士が答える。
「四楓院隊長は現在、不在です。
そのため、処分についても決定できない状態です」
「不在……?」
紫乃が聞き返した、その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が響いてきた。
「大変だ!捕えた二名と、
虚化した平子らが……!」
「逃亡だと!?四楓院隊長は!?」
「夜一様の姿もない!」
「すぐに檻理隊を……いや、刑軍を動かせ!」
次々と飛び交う怒号。
隊士たちが廊下を駆け抜け、
何人もの足音が重なっていく。
「一体どうなっているんだ!」
大前田の混乱した声まで響き渡った。
紫乃の足が止まる。
その瞬間、身体が勝手に動いていた。
「花房三席!」
背後から呼び止める声がする。
けれど、止まっていることなどできなかった。
紫乃は廊下を駆け出した。
「大前田副隊長!」
執務室の扉を開け放つ。
中には大前田と、何人もの隊士が集まっていた。
誰もが険しい表情を浮かべ、
目の前で起きている事態を整理しようとしている。
突然現れた紫乃に、全員の視線が集まった。
「花房三席……?」
大前田が目を丸くする。
「お前、確か謹慎中だったはずじゃ……」
そして、はっとしたように顔を強張らせた。
「何で此処に来た!」
指を突きつける。
「謹慎中だろうが!」
紫乃はその叱責をぐっと堪えた。
今はそんなことを気にしている場合ではない。
「それより、喜助や平子隊長たちは……!」
「規律を乱した者に話すことはない!」
大前田は紫乃の言葉を遮った。
「誰か、連れて行け!」
「は、はい!」
隊士たちが慌てて紫乃を取り囲む。
「待って下さい!」
紫乃は身を乗り出した。
「私は状況が知りたいだけなんです!」
「花房三席、落ち着いて下さい!」
「何が起きたのか、教えてください!」
「こちらへ!」
隊士たちは紫乃の両脇を固め、
そのまま執務室の外へ押し出していく。
扉が閉まる。
「待って……!」
紫乃の声は、閉ざされた扉の向こうへ消えた。
自室へ戻される――。
そう思っていた。
けれど、今度は違った。
「花房三席は、自室では危険だ」
「また逃げ出す可能性がある」
そんな隊士たちの会話が聞こえる。
そして紫乃は、そのまま指籠へと連れて行かれた。
指籠へ連れて行かれた紫乃は、
その中へ入れられた。
木で組まれた格子の向こうで、
隊士が静かに戸を閉める。
「……どうして……」
紫乃は呟いた。
誰も話を聞いてくれない。
何が起きているのか知りたいだけなのに。
問いかけても、答えてくれない。
まるで、自分だけが取り残されている。
紫乃は木の格子に手を添えた。
その向こうにいる隊士たちは、
もう自分を見ようともしなかった。
◇
どれほど時間が経ったのか。
二番隊隊舎を包んでいた騒ぎが
ようやく収まり始めた頃、
隊士から紫乃のもとへ報告が届けられた。
事件の全容。
浦原喜助。
握菱鉄斎。
そして、虚化した平子たち。
全員が逃亡した。
そして、その逃亡を手引きしたと判断されたのは
――四楓院夜一だった。
指籠の外から告げられる事実を、
紫乃は黙って聞いていた。
「……そう……」
それだけだった。
「……」
何かを尋ねようとしても、言葉が出てこない。
聞いたところで、誰も答えてはくれない。
今の自分は、何を言っても信じてもらえない。
そんな気さえしていた。
けれど。
紫乃には、どうしても分からなかった。
なぜ、こんなことになったのか。
あの夜から、自分だけが取り残されている
ような感覚があった。
平子たちが虚化した。
浦原が虚化の実験をしていた。
自分が浦原に襲われた。
どれも腑に落ちない。
けれど、周囲では既にそれが事実として扱われ、
事態だけが先へ先へと進んでいく。
自分だけが、その流れについていけない。
けれど。
夜一が逃亡に加担しなければ。
今頃、浦原も。
握菱も。
そして、平子たちも。
皆、処刑されていたのだろう。
もし、自分が目を覚ましていたら。
もし、何も知らないまま、
あの場に立っていたら――。
自分も、夜一と同じように
彼らを逃がそうとしていたのではないだろうか。
規律を破ってでも。
立場を捨ててでも。
このまま彼らを死なせるわけにはいかないと、
動いていたのではないだろうか。
そう考えると、胸の奥が痛んだ。
「……いっそのこと」
紫乃は膝を抱える。
「私も、連れていって欲しかったな……」
ぽつりと呟く。
夜一のように、
自分も彼らを助ける側にいたかった。
ここに残されるのではなく。
一緒に、行きたかった。
紫乃はそのまま膝に顔を伏せ、
静かにうずくまった。
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