有象無象の理












「……」



志賀は以前に指示を仰いだ福永武彦から
同じく幹部の川端康成の動きを聞いた。
やはり奴は首領の事を敬愛しすぎるあまり
近付く人間が居れば監視を置くと思った。

志賀も福永を自分の監視役に付けている事を見抜き、
言葉巧みに味方に引き寄せ、
福永を裏では密偵役になっている事を
仲間意識の強い部下思いな川端は気付いちゃいない。

夜に静まる薄暗い執務室のテーブルにある
蝋燭の火に藤野からの手紙を燃やし、
煙草の灰皿に置いて灰になるのを見届けた。



「志賀さん。最近何時も此処にいるね。」

「流石にノックも知らないのは呆れるな…」



静かに入ってきて扉の前に立つ太宰に
志賀は呆れたように溜息を吐き、
ソファの背もたれに寄りかかりながら
煙草に火を付けてライターを胸ポケットに仕舞った。



「また朝に帰ってくるのかと思って
先に部屋に居ようと思ってたんだよ。
そしたら貴方が先に居て少し驚いた。」

「此処は俺の部屋であり、
お前が好きに出入りするような部屋でも無い。
今度は何の用だ?先日の適当な言葉に感化されて
享受されにでも来たか?」

「違うよ。話の続きをしに来たんだ。」



太宰はそう云いながら入ってきた扉を閉めた。



「………お前は頭が良いんだろう。
この世は別に居ていても意味は無い。
だったら退屈な時間を過ごす事無く、
終わってしまった方が楽なんだろう。」

「…うん。その通りだよ。
志賀さん、貴方が生きる理由は何か知りたい。」

「美味い飯を食う事だ。」

「………えーーーー…そんな事なの?
そんな平凡な答えなんてつまらないよ。」

「人間誰しもが思う理由の1つだ。
俺も人間の一人なのだから当然だろう。」



志賀は呆れたようにギシリと重心を後ろにし、
ソファに寄りかかった。
太宰はもっと特別な答えが貰えるかと思っていただけに
期待外れといったところだった。
だが、勝手に期待していたのは太宰だ。
どう文句を云おうが此方が悪いのだ。



「質問には答えた。
不服かもしれないが充分だろう。
他にお前がここへ来る理由も無い。
さっさと森の所へ戻ると良い。
だが……親切に忠告させて貰うが、
奴と関わり合うのはお勧めしない。」

「森さんの事を調べたの?」

「尽くせてはいない。
上手く足跡を消している。
だからこそ、彼奴の跡地は黒だ。」



そう云いながら煙草を灰皿に押し潰し
志賀はソファから立ち上がり太宰へ近づく。



「森がただの町医者では無い事は分かった。
然し今の首領に其れを伝えても、
自分を医師から遠ざけ殺すつもりだと
怒りを買ってしまう可能性が高い。
今の首領は全てを疑い壊したがる。」

「大変なトップだと部下はもっと大変だね。」

「口を慎め。」



志賀は太宰の横に立ち冷たい目を見下ろした。
太宰は何故か余裕のある笑みを浮かべている。
志賀のこの目で見つめられて怯まない人間は
自分より何歳も年上の部下でさえ数少ない。



「こうしてお前に結果を伝えているのは、
何かが起きた時に殺すのはまずお前だと
森にそう伝えて貰う事だ。これも忠告だ。」

「マフィアは怖いなぁ…」

「…組織の為なら死ねる…そんな連中の集まりだ。
生と死が見える場所でもある。だから森は、
お前を此処へ連れてきたのかもな。」

「……」

「お前が死にたくても、お前の才を知った奴は
お前を殺す事はせず利用するだろう。
森も其の一人だとしても…
自殺志願者ならどうでも良いか。」



志賀はそう云うと扉を開け道を開けた。



「さあ、全て語り尽くした。
餓鬼の部外者なら難なく組織から出て行ける。
この部屋だけでなく組織ごと出て行くか、
それとも森に利用されてここにい続けるか。
あとはお前が好きにしろ。」

「………好きにしていいんだね?」



そう云うと太宰は背後にいる志賀の方に振り返り、
顔を上げて志賀と目を合わせた。



「なら、僕を貴方の部下にしてよ。」