死の感覚は無い









「志賀さんどこまで行くの?」

「黙って付いて来い。」



志賀は太宰を連れてエレベーターを降りて、
さらに連絡通路を歩き 埃とカビの臭いがする
古びた地下階段を下っていた。
薄気味悪いコンクリートのひんやりとした空気が漂う。
其処で志賀は鍵を取り出し鉄が錆びた扉を開けた。
開けただけで直ぐに太宰は分かった。
血の臭いが充満する此処は捕虜の拷問部屋だ。



「……こんな所に連れてきてどうするつもり?」

「此処は察しての通り拷問部屋だ。
全ては情報が鍵となる。敵を皆殺しするのでは無く
内部を知っている中枢部の人間は生かし、
捕らえて此の部屋で情報を吐き出させる。
吐き出すまであらゆる手段を使ってでもな。」

「へぇ…怖いね…」

「部屋はいくつかある内の一つだ。
別室では拷問専門の部隊が情報を吐き出させる為に
痛めつけている最中だろうな。」



少し耳を傾けると広いコンクリート状の壁だが、
男の悲痛な叫び声が聞こえた。
組織の為なら其れでも吐き出さない。
そう教育を受けて皆其れを守っている。
組織はすでに自分を見捨てている事だってあるのに。



「逆も然りだ。もし捕虜になった場合、
自分が拷問受ける側だとしたら、
ポートマフィアは裏切りは絶対に許さない。
手前が死にかけても情報を吐き出すな。
情報が漏れていれば直ぐにお前を疑うし、
場合によっては暗殺部隊がお前を殺しに行く。」

「わあ、そうしてくれるとありがたい。」

「そうだろうな。」



志賀と太宰は会話をしながら拷問部屋を一通り回って
再び出入り口付近まで戻ってきてお互い向き合った。



「ねえ、志賀さん。態々こんな地下まで案内して
これで終わりじゃないよね?」

「当然だ。餓鬼を教育するのに表だと目立つ。
此処なら心置き無く教育に専念出来るから選んだ。」

「何を教えてくれるの?」

「其れは直ぐに分かる。」



そう云って志賀は腕を伸ばして太宰に触れた。



瞬間、
太宰の視界は黒に光が掛かったような世界になった。



然も地下特有の冷んやりした空気も
血で鉄が錆びだ鼻に付くような独特な異臭も
地に足が着いている重力の感覚も全てが無い。
自分が生きている感覚が消えてしまった。
そんな風に捉えてしまうほど無の世界に
太宰は戸惑いを見せ、死んだのかと思い始める。
然し一瞬でも痛みの無い感覚に死はあるのか、
唯一である思考を巡らせている内に、
パチンと弾けたように視界に志賀が映った。



「遅い。」

「ッ…はあ…!はあ……!はあーっ!(汗)」



視界が戻った瞬間全ての感覚が戻った。
それも一瞬だから異様に身体が重い。
そして呼吸する感覚さえ無かったのか、
一気に酸素を欲して深く取り入れる。
そんな太宰の首には銃が当てられていた。



「一瞬で異能を解かなければ今ので死んでいた。
どうだ?死に近い感覚を味わってみて。」

「はあーッ!はあーッ…!い…今のは……!」

「俺の異能だ。」

「す、凄いよ!僕…本当に死ねたのかと思った!
貴方の異能は 五感を失う事…そうだよね!?」



太宰は狂っている。
興奮気味に志賀に問いかけている表情は
一度でも死を感じられた喜びと興奮で
狂気に満ちている高揚した表情に
志賀は動じず 喜びのあまり両腕を掴んだ
太宰の右腕を掴み持ち上げた。



「また推測が間違っている。」

「ぇ……あ…ああ!あ"あ"あ"あ"あ"!!」



志賀の腕に力が入っている様子は無い。
軽く空気を含めて掴んだ右腕に
太宰は何十キロもの握力で握り潰される感覚に
痛みで悶えて叫び出した。
然しどれ程の痛みを感じようとも、
太宰の腕が折れる事は無い。
志賀は軽くしか掴んでいないのだから。



「感覚を失うだけじゃ無く強める事も出来る。
軽くさすってもヤスリをかけられた感覚になる。
実に力の入らない楽な異能なんだが、条件がある。
それは対象者に触れる事だ。」



志賀が説明する中 太宰は異能を解いて
重心が後ろにかかり、軽く握っていた志賀の手は
簡単に解け勢い良く太宰は倒れて尻餅をついた。



「相手に触れなければ異能の意味が無い。
それはお前も同じだ。太宰。
お前も相手の懐に入り生身が強くなければ、
ただの銃撃戦でお前は力を発揮する事無く死ぬ。」

「はぁ…はぁ……!はぁ…」

「お前には基本的な近接技を身に付けて貰う事と
敵の懐に入り込む為の考察力をつけて貰う。
今以上の痛みを味わって貰う事になるが、
俺の教育を望んだ以上泣き言は云わせない。いいな?」

「うん…面白くなってきたよ。志賀さん。」



志賀の言葉に太宰はまた高揚した表情で笑みを浮かべていた。