右手と左手











「人を殺した感想はどうだ、太宰。」



志賀は執務室のソファで書類を見ながら、
相変わらず所々包帯が巻かれ
眼帯をして椅子に腰掛けながら
フラフラと前後に揺れる
落ち着きのない太宰に声を掛けた。



「人が命を乞う姿は楽しかったよ。
僕には全然分からないけど。」

「失う事への恐怖は誰もが持つものだ。」

「…志賀さんはあるの?」

「ないな。」



そう云って志賀は報告書をシュレッダーにかけ、
立ち上がって太宰の前を通り過ぎ扉に向かった。



「暫く此処を開ける。」

「えーっ!何処行くの!?僕も行く!」

「仕事だ。」



そう云って太宰の方を振り返ると、
太宰は不貞腐れて頬が膨らんでいた。
自殺志願者とは思えぬ程の子供らしさだった。
志賀は呆れたように溜息を吐きながら、
机に置いていた数冊の本を抜き取った。
段々此の子供に慣れてしまっている。



「此れでも読んでおけ。」

「何これ?外国出版の戦争戦略論?」

「其れも生き残るのに必要な事だ。」

「此れで退屈凌ぎになるのかなあ?」

「ならなければ筋トレでもしてろ 貧弱。」

「ゆっっっっくり本でも読もうかなー?」

「ふっ…」



志賀はコロコロと変わる太宰に
思わず鼻で笑うとたったそれだけなのに
太宰にとっては衝撃的で目が点となり、
大興奮で志賀に迫った。



「志賀さん今笑ったね!
そんな笑い方できるんだね!
もっと明るく笑った方が良いよ!
今の凄い僕馬鹿にされた気分だから
いっそ清々しく笑ったよ!」

「馬鹿だから鼻で笑ったんだよ。
調子に乗んな。さっさと死ね。」



ぐわっと志賀に近付いた太宰に、
志賀は嫌がるような顔をして
迫る太宰の髪を鷲掴みにして遠ざける。



「僕、今のも面白かったよ。」

「こんなんで面白いなら長生きするな。」

「普段顔が怖い志賀さんだから面白いんだよ。」

「チッ……そうかよ。」



志賀は今日は機嫌が良いのか、
其れとも太宰は他の部下とは違うのか、
くしゃくしゃと髪を撫でてやって
乱暴に突き放して部屋を出て行った。
其の行動に太宰も柔らかい表情で見送った。









ーーーーー……



執務室を出て、通路を歩く志賀の前に
森医師が此方に向かって歩いていた。



「おや、お疲れ様です 志賀幹部。
丁度太宰君に用があって貴方の所にいるかと…」

「部屋にいる。」

「そうですか 貴方は仕事に?」

「そうだが?」



志賀はさっきまでの雰囲気とは違い、
また何時もの冷んやりとした空気で
スッと森医師を見下ろした。
然し森医師は穏やかな表情のままだ。



「太宰君の調子はどうだい?
あれから病室に運ばれて来ないから
安心しているのだけれど…」

「お前が何故此処に連れて来たのがよく分かった。」

「何故かな?」

「お前が描く理想を叶える為だ。」



志賀がそう云うと森医師の空気が少し変わったが、
表情は変わらず穏やかのまま。
然し、其の仮面は志賀には通用しなかった。



「川端の部下が数名消息が絶っている。
一人はお前だろう?」

「もう一人は貴方でしょう?」

「残りは内村と坪内だろうな。
奴は粘着質で用心深い老人だ。」

「志賀幹部。貴方は其の儘で良いのかい?」

「どう云う意味だ。」

「彼が愛した街をも、
消しかね無い事だと云う意味だよ。」

「……今此処で消しても良いんだぞ?」

「首領専属医を独断で消すのは、
問題なんじゃないかな。」

「構わん。どうせ皆同じ結末だ。」

「復讐は何も生ま無い。
君自身が満たされる事も無い。
全てが終わって君も消えたとして
君が望ま無い時代がまた動き出すだろう。」

「繰り返される事など分かっている。
俺を振り回した此の組織を、
俺は振り回して壊すだけの自己満だ。其れでいい。」



志賀はそう云って森医師から離れて行き
下の階に降りるエレベーターに乗って行った。

彼の言葉に森医師は何を思ったのか。