メスを首元に











「森さん。なんで首領の元に?」

「午後の体調チェックだよ。」

「それは誰でも分かる事だよ。
どうして僕もなのかって話。」

「最近志賀君に取られちゃってたからね。
久々に二人で首領の元に行くのも良いじゃないか。」

「はぁ…どうでも良いよ。」



退屈そうに太宰は森医師の後をついて行き、
首領の眠る首領室の寝室へ向かい、
寝室に入ると、森はポケットから白い手袋を
取り出して何時もの様に首領へ声を掛けた。



「お加減は如何ですか。首領。」



首領は点滴や栄養剤などを繋いで
か細い命を生きながらえていた。
如何やら声の主の判別は未だ出来るらしい。



「医師(せんせい)……、幹部に伝えよ。
"鏖殺"じゃ。日暮れまでに対立組織も軍警も
ポートマフィアに逆らう者を全員殺せ。」

「それは非合理的です。」

「此方が何人死のうが構わぬ。
志賀を呼べ…、奴は、殺し屋じゃ……
全て殺す、殺せ…殺すのじゃ……
殺せ、殺せ…殺せ殺せ殺せころ」

「判りました。首領。」



森医師はメスを手にして其れを首領に当て、
ブシュッと血飛沫が舞い、首領の言葉は消えた。
カランとメスを落として ゆっくりと手袋を取り外す。



「……首領は、病により横死された。
次期首領に私を任ずると遺言を残されて。
君が証人だ。いいね?」



振り返った森医師の顔には、
血飛沫がへばり付いていた。



紅い月明かりを背に太宰はただジッと
森医師の狂気を見つめた。









ーーーーー……




「……生きている…だと…」



広津は後から来た構成員に運ばれ、
組織の医務室で横たわっていた。
あの志賀幹部に敗北し、
生きている自分に驚いている。
然し、部下からの報告に
更に度肝を抜く事になる。



「広津さん…!良かった…
目が覚めたんですね。」

「松下…私は一体、他の部下達は…」

「ッ…目が覚めたのは広津さんだけです。
残りは未だ意識不明が数名と既に死んだ仲間も…」

「……そうか、志賀幹部と川端幹部の動きは…」

「それよりも大変な事が…ッ
森医師からの報告で、
首領が息を引き取ったと……!」

「…ー!?(汗)」

「然も遺言を残されて…
次の首領に森医師にと……」

「何だと!?(汗)」



部下の報告に広津が叫ぶと
腹部の傷の痛みが走り踞る。



「ッ……森医師が、首領に…?
其れは、森医師が云った事か……
其れとも直筆で遺書があったとか…」

「その場にいたのは森医師と…、
太宰という子どもだそうです。」

「ッ……(汗)」



太宰という名前に広津は悪寒がした。
森医師はやはり利用する為に太宰を
連れてポートマフィアに来た。
遺言という計画を初めからしていて、
第三者を用意していた訳だ。



「志賀幹部……」



志賀の計画よりも先に
森医師の計画が先に完了した。



「仲間からの報告で、
志賀幹部は川端幹部と接触します。
場所は西みなと倉庫。
川端幹部は其処で志賀幹部を
袋の鼠にするつもりです。」

「……私について来る者は来い。」



広津は腹部の痛みを耐えて、
ベットから降りると、



「怪我人が駄目だよ。
治ってもないのに医務室から出ちゃ。」



あの男が病室の入り口に立っていた。