七十億の価値










「あはははっ それは脅されましたねえ」

「笑い事じゃないですよう(汗)
凶悪なマフィアとか直ぐ死ぬぞとか……
とんでもない所に入っちゃった…」

「まァまァ 僕でも続けられてる位だから
大丈夫ですって」

「でも谷崎さんも能力者なんでしょう?
どんな力なんです?」

「や、あんまり期待しないで下さいよ
戦闘向きじゃないンですから…」

「うふふふ……兄様の能力素敵ですよ
ナオミあれ大好き」

「止めなッてナオミ……こんな所で」

「あら口答え?生意気な口は、どの口かしら?」



ナオミの細い指先が谷崎の唇をなぞると
後ろにいた中島は顔をかーっと赤くした。



「着きました。」



依頼人である女性は路地裏を数回曲がった場所で
取引があった位置を指差した。
中島は鬼魅が悪い所だと警戒するも
現場慣れした谷崎は直ぐに疑問に思う。



「……おかしい。
ほんとに此処なンですか?ええとーー…」

「樋口です。」

「樋口さん。無法者というのは臆病な連中で、
大抵取引き場所に逃げ場を用意しておくモノです。
でも此処はホラ、
捕り方があっちから来たら逃げ場がない。」



すると依頼人だった樋口は髪を纏めた。



「其の通りです。失礼とは存じますが、
嵌めさせて頂きました。
私の目的は、貴方がたです。」



そう言うと、樋口は電話を掛けた。



「芥川先輩?予定通り捕らえました。
これより処分します。」

「芥川だって…?」



それは先程国木田から忠告された人物。



「我が主の為ーーーここで死んで頂きます。」



樋口は二丁拳銃を向け、連射した。
だが、谷崎と中島には痛みが無い。
盾となったのは、谷崎ナオミだった。



「兄様……大丈…夫?」

「ナオミッ!!」



倒れたナオミに必死に声を掛ける谷崎は混乱し、
中島は目の前の現状に恐怖を抱き、座り込んだ。



「そこまでです。
貴方が戦闘要員で無い事は調査済みです。
健気な妹君の後を追っていただきましょうか。」



谷崎に銃口を向けた樋口は冷たく言い放つ。
だが、谷崎の逆鱗に触れ 空気が一変する。



「チンピラ如きがーーーナオミを傷付けたね?」



"細雪"

樋口の周りに雪が降り、谷崎の姿が消えた。
姿は見えずとも、球は当たるだろうと連射するが、
背後を取られ、首を閉められる。

だが、咳き込む声の後 谷崎は崩れ倒れる。



「死を惧れよ。殺しを惧れよ。死を望む者。
等しく死に 望まるるが故にーーーゴホッ
お初にお目にかかる。僕(やつがれ)は芥川。
そこな小娘と同じく、卑しきポートマフィアの狗 ゴホッゴホッ」



短い黒髪に無表情で黒い外套を纏う青年。
国木田に忠告されていた芥川龍之介が口元に手を当て、
咳き込みながら自らの名と所属の挨拶をした。



「芥川先輩!ご自愛をーーー此処は私ひとりでも!」

ピシッ!



駆け寄る樋口に芥川は彼女の頬を引張いた。



「人虎は生け捕りとの命の筈。
片端から撃ち殺してどうする。役立たずめ。」

「ーーー済みません…」

「人虎……?生け捕り……?あんた達一体」

「元より僕(やつがれ)らの目的は、貴様一人なのだ人虎。
そこに転がるお仲間はーーーいわば貴様の巻添え。」

「僕のせいで皆がーーー?」

「然り。それが貴様の業だ。人虎。
貴様は、生きてるだけで周囲の人間を損なうのだ。」

「!」

「自分でも薄々気付いているのだろう?」



"羅生門"

芥川がそう呟くと
外套から同じ黒い獣の様な影が現れ、
中島の真横を強風の様に通り過ぎると
通ったコンクリートの地面が抉れていた。



「僕(やつがれ)の羅生門は、悪食。
凡ゆるモノを喰らう。抵抗するならば次は脚だ。」

「な、何故?どうして僕がーー…」

「……く…ん…」

「!」

「敦、くん……逃げ、ろ……」

「う……」

「(皆 まだ息がある……)!、谷崎さん!」



中島は国木田に云われた事を思い出す。

"貴様も今日から探偵社が一隅。
社の看板を汚す真似はするな。"

意を決して走り出し、
芥川は玉砕かと呆れ羅生門を動かす。
中島は低くスライディングし、
樋口が落とした銃を手にして
背を向けたままの芥川に撃ち込む。

然し芥川には効いていなかった。
羅生門は悪食。空間をも喰らう。
銃弾が当たる前の空間を喰い裂き
届かぬようにしてしまった。

そして芥川は約束を守り、中島の脚を喰い裂いた。



悲鳴にしては重い叫びが響き、
芥川は軽く咳き込み中島に背を向け
樋口の方に体の向きを変えると、
パキッと背後から音がして振り返った。



片脚を断裂し痛み悶えていた中島の姿は
四足揃った白虎に変貌していた。