虎と悪食








「はァ……逃げて来てしまった…」



朔太郎は再び暗く沈みながら街を歩いていた。
足元は薄汚れて濡れており、恐らく太宰の宣言通り
彼は道の隅にあるドブに足を滑らせたのだろう。
右足だけ泥が乾いて気持ちが悪い。



「あの子も孤児だって言ってたし…
話が合うかもと思ったけど…
こんな僕と同じだなんて屈辱だと思うし…
ちゃんと仕事してんのかみたいな
疑いの目で見てくるし 肩が重い……
そりゃ仕事出来ないさ…向いてないもの…
僕はあの人とは違う……
僕が人助けなんて出来るはずが……」

「ぎゃぁああああああ!!!!!」

Σ「!!!?(汗)」ビクッ



道の脇から悲痛な叫び声が聞こえ、
朔太郎はビクッと肩を大きく上げて
恐る恐る声のする方を見た。
この声は中島敦の声だと直ぐに分かる。

あの依頼人の女に騙されたのだろう。
そんな事も朔太郎は見た時から分かっていた。
嘘を吐く人間の表情はよく知っている。
太宰もそういうのには当然のように知っている。
なのに何も云わなかったから
朔太郎も何も云えず怖くて逃げた。

その結果中島敦は死んだかもしれない。



「はぁ…はぁ……どうしよう……
僕が…僕が忠告すれば……
でも僕が云ったって信じて貰えるはずが……(汗)」



朔太郎は軽い過呼吸になりながら、
蹲り自問自答を繰り返す。
そんな彼を通行人は心配そうに見つめるが
声を掛けられる事は無かった。

自ら首を締め付けているような短い呼吸に
朔太郎はゴクンと唾を飲み込み、
何かあった事だけ確認しようと、
ふらふらと足取り悪く走り出した。








ーーーー……*°



「そうこなくては。」



足を喰いちぎり動けない筈の中島は
虎の姿になり 芥川に襲い掛かった。
羅生門の悪食は虎の胴体を喰らうが、
超高速の再生で芥川に迫り、
羅生門で壁を創り 距離を開けるが、
それごと突進して芥川は壁に衝突する。



「おのれ!」



先輩である芥川の危機だと
樋口は銃を手にして撃ち込むが、
全くと言って善い程効いていない。

虎は樋口の方に目を向け獲物を変える。

芥川は部下の危機に羅生門で
虎の胴体を食い破った。
然し、倒れた虎は霧に溶け込み
谷崎の異能で翻弄されただけ、
本体はまだ生きていた。

虎と芥川が衝突する時、



「はぁーい そこまでー」



彼らの間に立ち 手で止めたのは太宰だった。



「貴方探偵社のーーー!何故ここに!」

「美人さんの行動が気になっちゃう質でね。
こっそり聞かせて貰ってた。」

「な……真逆!盗聴器!?
では最初からーーー私の計画を見抜いて…」

「そゆこと。ほらほら起きなさい敦君。
三人も負ぶって帰るの厭だよ 私。
それと…また隠れてないで出て来なよ朔太郎君。
君も負ぶって行くんだから。」

Σ「!」ビクッ

「朔太郎…だと……?」



太宰は朔太郎が隠れていた方に目を向けると
居心地が悪そうに朔太郎は出て来た。

その姿を見た芥川は
太宰が出て来た時とは違う
憎悪が沸き立つ感情が入り混ざった。



「あ、芥川先輩…?(汗)」

「敦君の悲鳴が聴こえて、
責任感じで戻って来たんだろう。」

「………(汗)」



優しく言う太宰に対し、
朔太郎は目を背けた。



「ほら、君は谷崎君を担いで。」

「ま……待ちなさい!生きて返す訳には!」

「くく……くくく…止めろ樋口 お前では勝てぬ。」

「芥川先輩!でも!」

「太宰さん。
今回は退きましょうーーーゴホッゴホッ
しかし、人虎の首は必ず僕(やつがれ)ら
マフィアが頂く。」

「なんで?」

「簡単な事。その人虎にはーーー、
闇市で70億の懸賞金が懸かっている。
裏社会を牛耳って余りある額だ。」

「へえ!それは景気の良い話だね!」

「…探偵社には孰れまた伺います。
その時、素直に70億を渡すなら善し。
渡さぬならーーー」

「戦争かい?探偵社と?良いねぇ 元気で。
やってみ給えよ。ーーーやれるものなら。」

「………ッ 零細探偵社ごときが!
我らはこの町の暗部そのもの!
傘下の団体企業は数十を数え、
この町の政治・経済の悉くに根を張る!
たかだか十数人の探偵社ごときーーー
三日と待たずに事務所ごと灰へと消える!
我らに逆らって生き残った者などいないのだぞ!」

「知ってるよ その位。」

「然り。他の誰より貴方は
それを悉知(しっち)している。
元マフィアの太宰さん。」