迷い虎と月夜










朔太郎は太宰に引っ張られ強引に、
中島と夜に横浜の港にある倉庫の中に居た。

太宰は完全自殺なんて悪趣味な本を読み、
朔太郎は其の近くで縮こまり、
中島は少し離れた所で縮こまっていた。



「……本当にここに現れるんですか?」

「本当だよ。」

「…」

「心配いらない。
虎が現れても私達の敵じゃないよ。
こう見えても"武装探偵社"の一隅だ。」

「……はは。凄いですね、自信がある人は。
僕なんか、孤児院でもずっと
"駄目な奴"って言われてて......、
そのうえ、今日の寝床も
明日の食い扶持も知れない身で.....
こんな奴がどこで野垂れ死んだって......
いや、いっそ喰われて死んだほうが......」

「……」



中島の言葉を聞き、朔太郎は更に縮こまる。
何が彼を其処まで怯えさせるのか、
其れは彼の性質がそうさせるのだから
もう仕方の無い事だと太宰は呆れていた。



「ーーー却説、そろそろかな。」



顔を出した月夜を見て太宰がそう云うと、
ガタンッと物音がして中島はビクついた。



「今……、其処で物音が!(汗)」

「そうだね。」

「きっと奴ですよ太宰さん!」

「風で何か落ちたんだろう。」

「ひ、人食い虎だ、僕を喰いに来たんだ…」

「座りたまえよ、敦君。
虎はあんな処からは来ない。」

「ど、どうして判るんです!(汗)」



太宰は本をパタンと閉じた。



「そもそも変なんだよ敦君。
経営が傾いたからって、
養護施設が児童を放置するかい?
大昔の農村じゃないんだ。
いや、そもそも経営が傾いたんなら
1人2人追放したところでどうにもならない。
半分くらい減らして他所の施設に移すのが筋だ。」

「太宰さん何を、云ってーーー」



中島はそう云うと不意に月夜を見上げた。



「敦が街に来たのが2週間前。
虎が街に現れたのも2週間前。
敦が鶴見川べりにいたのが4日前。
同じ場所で虎が目撃されたのも4日前。
国木田君が云っていただろう。
"武装探偵社"は異能の力を持つ輩の寄り合いだと。
巷間には知られていないが、
この世には異能の者が少なからずいる。
その力で成功する者もいればーーーー
力を制御できず、身を滅ぼす者もいる。」



すると中島の影はみるみる大きくなっていく。



「大方、施設の人は虎の正体を知ってたけど
敦くんには教えなかったのだろう。
君だけが解っていなかったのだよ。
君も"異能の者"だ。
現身に飢獣を降ろす月下の能力者ーーー」



中島は白虎に変貌し、
太宰へと襲いかかって来た。
太宰はふわりと避けると、
貨物が荒々しく破壊される。



「だ、太宰さん…!」

「下がっていたまえ、朔太郎くん。」



太宰は白虎の威力に動じず、
ふわりと避けて行く。



「こりゃ凄い力だ。
人の首くらい簡単に圧し折れる。」



太宰は避け続けると、
背後が壁で逃げ場が無くなった。



「獣に喰い殺される最期というのも
中々悪くないが、君では私を殺せない。」



正面から襲いかかった白虎に、
太宰はそっとこめかみ辺りに触れた。



「私の能力はあらゆる他の能力を
触れただけで無効化する。」



すると、白虎はふわりと中島に戻り
ガタンと太宰の方へ倒れ受け止めるが、
男と抱き合う趣味は無いと、
ポイッと突き放して地面に落とした。
中島はぐっすりと眠っていた。



「おい太宰!朔太郎!」

「ああ。遅かったね。虎は捕まえたよ。」



太宰が床に倒れ込んでいる中島を指差して云った。



「その小僧...じゃあそいつが、」

「うん。虎の能力者だ。
変身している間の記憶が無かったんだね。」

「全くーーー次からは事前に説明しろ。
肝が冷えたぞ。おかげで、
非番の奴まで駆り出す始末だ。
皆に酒でも奢れ。」



国木田は呆れたように云うと、
外からぞろぞろと倉庫へ人が入って来た。



「なンだ。怪我人はなしかい?つまんないねェ」


与謝野晶子。
能力名 "君死給勿(キミシニタマウコトナカレ)"


「はっはっは。
中々できるようになったじゃないか太宰。
まぁ僕には及ばないけどね!」


江戸川乱歩。

能力名 "超推理"


「でも、そのヒトどうするんです?
自覚なかったわけでしょ?」


宮沢賢治。

能力名 "雨ニモマケズ"


「どうする太宰?
一応、区の災害指定猛獣だぞ。」


国木田独歩。
能力名 "独歩吟客"


「うふふ、実はもう決めてある。」


太宰治。
能力名 "人間失格"



「嫌な予感しかしない……」


萩原朔太郎。
能力名 "月に吠えろ"



「良い事だよ 朔太郎君。
彼を、うちの社員にする。」



太宰の言葉に主に国木田が
倉庫に響き渡る程の驚きの声を上げた。



これが事の始まり。

先触れ前兆し。

中島敦。
能力名 "月下獣"