02
「網問先輩?」
「……風丸」

聞き慣れた、でもどこかぎこちない声に反応して振り向くと、そこにはかつての部活の後輩が立っていた。

彼を見ると、思い出したくなくても思い出してしまう、そんな思い出も横切る。…だから、会いたくない。……と言ったって、彼の事は何があっても無視したり、嫌いになったりなんか出来なかった。彼との間に何かあった訳でもない。むしろ、…好き、な方だ。

「お久しぶりです。珍しいですね、この時間に学校にいるなんて」

そう、今は夕方。橙色に空が染まってきた頃に学校にいる事は、部活動をやっていた時以来なのだ。

「なんだか、帰りたくなくってね」

なんて、嘘。本当は、夕暮れで紛らわして、元気そうなかつての後輩達を眺めていたかっただけなのだ。本当は、どうしようもなく未練がましいのだ。

「そう、俺、雷門中サッカー部の助っ人として試合に出るんです」
「…へえ、風丸とサッカーか。何だか結びつかないなあ」

驚いたように目を見開くと、「あはは…」と苦笑いを浮かべる風丸。話を聞くところによると、サッカー部のキャプテンとは幼馴染らしく、そのよしみで引き受けたらしい。うん、なんとも風丸らしい理由。

この場合、普通なら「頑張って」やら「風丸なら出来るよ」やら、言葉を掛けてあげるのが懸命なのだろうが、今の私はそんな軽率な言葉を掛けてあげるほど楽観的ではなかった。

「確か相手は…」
「帝国学園」
「そうそれ。いかにも強そうな名前の所」
「実際本当に強いんですよ。…でも、あいつなら。円堂達と一緒なら、何処まででも行ける気がして」

そう言って真っ直ぐ前を見据える彼は、陸上を始めたばかりの時の力強い純粋な目をしていた。……ああ、本当に好きなんだなあ、と思ったら、何だか私までその熱が伝わるようで、眩しくて思わず俯いてしまう。

「好きなことは好きなだけやりなよ。…けど、無理は禁物」
「っ、せんぱ、」

私が陸上を辞めたように、君にはこんな道を進んで欲しくないんだよ。

…なんて、彼の重荷になるのは分かっているのだけれど、どうしても言わずには居られなかった。

私は曖昧に笑って、「じゃあね」と声をかけると振り返らずに門の方へ歩いて行った。