帝国学園との試合の結果は誰もが予想した通り、雷門イレブンのボロ負けであった。しかし不思議な事に、キャプテンである円堂守は何度も何度も立ち上がってボールを受けるのだ。何かに熱中する時の面白さは分からんでもないが、あそこまで本気になる理由はどれだけ考えても分からなかった。
実を言うと最初から試合は見ていて、突然大きい車のようなものがこちらに来た時は本当にびっくりした。中から出てきた対戦相手達は見た目もなんだか強そうな人達で、何故か監督らしき人を“総帥”と呼んでいたのを見て、それもまた驚いた。
最近のサッカー部はそう呼ぶのだなあ、と感心していると、一緒に見に来た同じクラスの友人が「そんな訳ないでしょ」と呆れながらツッこんできた。
まるでこうなる事が分かっているかの如く、ボロボロになった選手達に容赦なくボールをぶつける相手。……ましてや、風丸がボロボロにやられている姿なんて見たくなかった。心がぎゅっと締め付けられるような、そんな感覚に陥ったのだ。
「しっかし、凄い試合だったねえ。……双佳?大丈夫?」
「っ、ごめん、意識飛ばしてた」
どうやら友人が隣で話しかけていたようだが、私の脳内はそうも行かなかった。大切な後輩があんなに怪我をして、正気でいられる訳がないだろう。
「やっぱり、あの…風丸?って後輩の事気にしてたんでしょ?」
「え、なんで分かったの」
「それぐらい分かるっての。それに双佳、前から風丸君の事大好へぶっ」
「ちょっと黙って」
遠心力を用いて回した腕を思い切り友人の口にぶつけると“何すんのー!”と涙目になって反抗してきた。
この友人の言う事に否定出来ないのが現実だからこそ、何だか小っ恥ずかしいのだ。
友人との帰り道、オレンジがかった空をぼーっと見つめながら歩いていると、道の途中の公園でベンチに座る、見覚えのある後ろ姿を見つけた。丁度後ろ姿で顔は見えないが、あの綺麗な水色の髪の毛はきっとそう、風丸だ。
「あれ、噂をすれば、じゃない?」
後から友人も気がついた様で、ニヤニヤしながら私の腕を肘で突いてくる。私はどうしても上の空で「…うん」と返事をすると友人は腕を下ろし、そっと私の肩に手を乗せた。
「気になるなら行ってきなよ」
「…え、」
口角を上げ、優しく笑う友人の顔を視界に入れる。一度気になったら周り見えないんだから、と私の背中をばしりと叩く友人に、うん、と頷く。手のひらの熱と背中に感じるほんの少しの痛みを抱え、私は公園へと足を運んだ。
ジャリ、と公園の地面を踏みしめる音が鳴る。人通りの少ないこの道はいつも静かで、何だか緊張感が走る。
「風丸」
「…網問先輩?」
声に気づいた風丸が後ろを振り返る。最初は警戒したような顔立ちだったが、私の姿を見た瞬間ほっとした様子を見せた。
風丸はどうぞ、と隣のベンチを指して私を座らせようとしてくれたので、その言葉に甘えてゆっくりと腰掛けた。
「それで、風丸はどうしてこんな所にいるの?疲れてるでしょ」
「それもそうなんです…けど」
けど、と顔を上げる風丸は何故だか明るい雰囲気を感じ取れる。
「あれだけボロボロにやられたのに、楽しかったんです。もちろんサッカーも楽しいんですけど…それ以上に、円堂達と一緒に戦えるのが」
風丸は夕日の光に目を細めて、ふんわりと笑う。こんな表情は、風丸が初めて陸上部に来た時以来だ。初めてのことに挑戦する、男の子らしい目だった。
私はもう、こうなる事は陸上部だった時から覚悟はしていた。誰しも他のことに熱中する事は珍しくはないのだから。私なんかは違うけれど、本当に集中したいものにこそ他を切り捨ててしまう事も、普通の事なのだ。
「うん、楽しそうだった。…風丸。風丸は、今やりたい事をとことんやったらいいよ。自分自身に嘘をつくのは、本当に辛いことだから」
「…先輩」
挫折してしまった時の私の姿を思い出し、忠告するかのように風丸に告げると、彼は不安げな面持ちになって私の名前を呼んだ。私は安心させるようにして風丸の綺麗な髪の毛をゆっくりと撫でる。風丸は擽ったそうにして微笑しながら肩を上げた。
「ありがとうございます、網問先輩。……先輩も、あまり嘘はつかないで下さいよ?」
「……ふふ、そーだね。後輩にそう言われちゃあ、善処しないとね」
困ったように笑って見せれば、同じように風丸も眉を八の字に下げて笑う。じゃあ帰ろうか、と言えばはい、と短く返事をして、私達は夕暮れの中、共に並びながらゆっくりと帰路を歩いて行った。