04
「網問先輩!」
「……え、宮坂?」

名前を呼ばれてくるりと振り返ると、そこには部活動の後輩であった宮坂がいた。陸上部では風丸とよく話していた私は、風丸大好きな宮坂に良く思われるはずもなく、いつも通り不機嫌な顔でこちらへ歩み寄って来た。しかし宮坂とは私が陸上部を辞めた時以来全く話しておらず、何の用があるのか全く予想が出来なかった。

「網問先輩は、もう陸上やらないんですか」

周りの人達は私を気遣って陸上の事を口に出さないが、宮坂は違った。バンバン私に向かって物申して来るのである。「禁句?何ですかそれ僕は知りませんよ」と言わんばかりの態度で私に接して来るから彼に何を言われてもダメージを受けなくなったと言うのが本当だ。

私ははぁ、と溜息をついて首を振ると、宮坂は更にムッとした顔をして拳をぎゅっと握る。そして私に訴えるように、それでいて静かにぽつり、ぽつりと話し始めた。

「あれから風丸さん、帰ってこないんです。ずっとサッカーやってて、まるで陸上の事を忘れたみたいに。…悔しいけど網問先輩が帰ってくれば、きっと風丸さんは」
「残念だけど、それはないかな」

うつむき加減で話す宮坂の言葉をバッサリと遮る。驚いたようにバッと顔を上げて目を白黒させる宮坂を視界に捕らえ、真っ直ぐ目を見据えてみる。こうして人の目を真っ直ぐ見るのはいつぶりだろうか。部活を辞めたときから私は何もかも嫌になって、怖くなった。とんだ臆病者になったものだと嘲笑していたのに、たったひとり、大切な人間が関わるとなると人はこうも変わるものだと、内心驚いていた。

「私が陸上部に戻ったらじゃあ自分も、なんて言う程風丸は半端な気持ちで物事を進める人じゃないよ」

私だって陸上部にいたときは、それなりに部員を見てきたつもりだ。最上級生として、やれる事をやるのが私の努めでありやりがいでもあった。でも、あの事があってから……私の、故障がなければ、きっと今もそのやりがいを糧に走り続けていただろう。

宮坂は「分かってます」と苦し紛れにそう言った。そうだ、そうなのだ。宮坂はちゃんと風丸の事を理解している。ただそれを、自分のプライドと我が儘によって見て見ぬ振りをしてしまうだけなのだ。…今の私の様に。だから、そういう点では私と宮坂は似たもの同士という訳である。宮坂を見ていると私を見ているようで、少しだけ心苦しい時もあるけれど、彼には私と同じ道を踏んで欲しくない。だからそうならないように導いてあげたい。…けれど、臆病者の私にはそんな役でさえ満足に演じる事が出来ないのだ。

「網問先輩は、臆病ですね」

私の心を読んだようにそう告げる宮坂は微かに笑っていて、その表情を見て目を伏せる。私は宮坂のこの表情が嫌いだ。後輩である宮坂はどこか鋭く、不甲斐ない私はいともたやすく心を読まれている気がしてならないのだ。

「君にだけは言われたくなかったかな」

久しぶりに出た嫌みはどこか生き生きしていて、自分でもかなり驚いた。やっと自分のプライドを一つ破る事が出来たようで、なんだかすがすがしい感じがする。きっと今思っている事を彼に言ったら、彼はくしゃりと顔を歪ませてまた不機嫌になってしまうのだろうから、心の中で言っておこう。






(どうもありがとう、なんてね)