03

 一年が経つのは早いものなのだと気づかされたのは、私が幽霊になってからなのだと思う。まあ、それを改めて実感したのは今さっきなのだけれど。

最上さんに呼び出されて別室に入ると、机の上には一年前に見たものとよく似ているトリガーが数個置いてあった。懐かしさもあり、思わず「おお〜!」と声を上げると、最上さんはくすりと笑ってトリガーをひとつ手に取る。

「見た目は変わらないが、結構トリガーも進化したんだぞ?」
「ほえー……一年って本当にはやいねえ」
「年寄り臭いぞ、豊」

成人もしていないというのに、全く。そう言われても言い返す言葉がなく、ただ苦笑いで返すよりほかない。
それにしても彼らボーダーの進化は著しく進んでいて、どれだけ技術者が頑張ってきたのかが目に見えて分かる。これは、最上さんからトリガーの改良点を説明してもらったから分かった事だ。ボーダーの技術者達は今もトリガーの改良を試みているらしく、寝る間も惜しんでせっせと手を動かしていると最上さんに伝えられ、つい何か労りの言葉をかけてやろうと思ったが、すぐに自分が幽霊だという事に気が付き肩を落とす。でもまあ、せめて何か差し入れでも持って行こうかな。見えずとも、物には触れるんだし。

最上さんはふと、何かに気が付いたように「ああ、それとな」と明るく切り出した。

「ボーダーが近頃大きな組織として成り立つんだ」
「!…最上さん、それは、」

いつもの笑みを携えながらも真剣に言った最上さんに、慌てた様子で悠一君が止めに入る。大きな組織になる、なんて良いことじゃないのだろうか?と疑問を持ちながらも、私はあくまで冷静に「それは、どういう意味で?」と尋ねる。すると悠一は、はぁ、と諦めたように溜息を吐いて「何でこう、鋭いのかなあ……」と自らの後頭部を手の平でがしがしと掻いた。

「おれの未来視で視えたんだよ。『最悪の未来』の末、ボーダーが巨大化するのがね」
「最悪の未来……。ボーダーが悪目立ちする、とか?」
「まあ、大体合ってるよ。近界民が一斉にこちら側へ進撃しに来て、人が多く攫われる中、」
「あーあー!いいよ、言わなくて良いよ。そんな辛そうな顔させるつもりじゃなかったんだけどなあ……」

未来の説明を続ける度に表情が曇っていく悠一君を思わず大声を出して止めに入る。きっと、ボーダーが助けに来てヒーロー扱いされる裏側で、助からなかった人達がいるからだろう。そんなの考えれば分かる話で、最も、未来が視えてしまう悠一君が一番辛い事はその表情が物語っていた。ごめんね、なんて言って優しく頭を撫でてやると、悠一君は「別に、どうってことないよ」と少し恥ずかしそうに私の手を除ける事なく視線を横に逸らした。これからも多くの未来を視続ける悠一君に差し出せる手などなく、歯がゆい思いを感じながら傍観していなければならないと思うと、こればかりは幽霊である自分自身を呪いたくなる。

「うーん……そっかあ……。私も何か攻撃力があれば太刀打ち出来るかもしれないのになあ……」
「攻撃力がある豊さん……想像出来ない……」
「そこ!真剣に考えんでもいい!」
「もう!こっちは真剣に考えているというのに!」と言うと、「真剣に考えんでもいい!と啖呵を切ったのは豊さんでしょ」なんて言われてしまっては何も言い返せる言葉が無い。無念。
「でもほら、トリガーとか使ってみたいじゃない?トリガーオン!なんて……かっこいいじゃん?」
「玩具じゃないんだぞー?」
「あ、最上さんまで!」

むっと頬を膨らませると、最上さんと悠一君は顔を見合わせながら楽しそうにくすりと笑う。それを見てなんだか拍子抜けしてしまい、思わず私も頬をふにゃりと緩ませた。幽霊なんかがこんな幸せを体験してしまっていいのだろうか、という後ろめたさと、彼等がこんな幸せで笑ってくれるのならば、自分が幸せを作る源となろう。なんて矛盾した思考が脳内で混ざり合って溶けてしまうことくらい、許してはくれないのだろうか。

それにしても、トリオン体に換装出来ないのは結構寂しいものである。私だってトリオン体になって、最上さん達と一緒になって戦ってみたいと願った時期があり、物は試しだと思いトリガーを握って『トリガーオン』なんて言葉を発してみたが、何の変化も無かったのが現実だった。その時は相当悔しくて、何の罪も無い最上さんの部屋のティッシュを腹いせに一枚一枚丁寧に兜型にしてこっぴどく叱られたのは良い思い出である。最上さんって怒るんだなあ、と思った瞬間でもあった。

(時が経った今なら、換装できたりして……)

「トリガーオン!」

あの時のように、同じ言葉を発してみる。まあ、幽霊が換装なんて出来るわけないよなあ……。何て、本日二度目、肩をがっくしと落としていた時であった。何も言葉を発さない二人を不思議に思い、横目でちらりと見やると、何故だか二人して目を白黒させて固まっていた。え、まさか、二人とも私が換装できると思っていて出来なかった事に驚いてるとか?そうだったらかなりショックだぞ……そんなに期待させていた二人に申し訳ない……。

「……豊。お前、幽霊……何だよな?」
「?そりゃあ、最上さんが一番よく知ってるでしょ」
「ちょ、豊さん、とりあえず鏡見てよ、ね?」
「え、何何、悠一君まで……突然そんな事言い出し……て……」

しょうがないなあ。何て言いながら、焦った様子の悠一君に背中を押されて鏡の前に立つ。そこには、鏡に映る私の姿が。……じゃない。そんなことはどうでもいいのだ。重要なのは、『鏡に映る私がボーダーの制服を着ている』という事なのだ。

「…………は、」

気が付いたらぽつり、と言葉を零していた。その姿を確認して、きっと私の顔も彼等と同じように驚愕の色に染まっているのだろう。だからこそ、彼等の表情の理由が今分かった。だって、普通ならあり得ないじゃないか。まさか、そんな。幽霊である私が、最上さんや悠一君と同じようにトリオン体になっているだなんて。

「どっ……どういう事だよ〜!?」

私の声は建物中に響く。最上さんと悠一君の様子なんか気にならない位には、この異変に意識が飲まれていた。