04

 実は、一人の未来が視られないほど怖い物はないんだって、私も分かっていたんだ。

そうでもして君の隣にいることは、一種の贖罪であるとも分かっていたんだ。








幽霊である私が謎にトリオン体に換装できちゃった事件から早一日が経つ。まず、幽霊はトリオン器官があるのか?という疑問が私達の中で浮かんだ。というかまず、トリオン体になるにはトリオン器官がなければならない為、無かったら無かったでそれはまた大問題になるのだ。幸いにも物に触れられる為、トリオン量をボーダーの機械で量ってみると、驚きの数値が出たのだ。機械のパネルに表示された数字は、2。計測できたという事は、つまりトリオン器官が備わっているということだ。何故幽霊にトリオン器官が備わっているかは現時点で不明な為、ここは置いておくとしても、その数値の平均が5だとしよう。というか平均は普通に5だ。トリオン量が2だなんて、戦える道理が無いのだ。と、まあその事を最上さんに馬鹿正直に伝えられたときは流石にショックが大きかった。「ああ……このトリオン量じゃ、即死だな」なんて、あの最上さんの口から出てきた事も結構ダメージを受けた要因だ。

「換装出来たとしてもこれじゃあかっこよく戦えないねえ……残念だな」

手の平を天井の蛍光灯にかざしてみる。別に幽霊の姿の時も身体は透けることが無かったが、こう、慣れない身体になるとこんな幽霊じみた実験もしてみたくなるものだ。結局は換装出来ただけで、何の変化も無い自分に腹立たしさを感じて、その感情を殺すようにゆっくりと息を吐く。

「まあ、幽霊なんだからそんなモンでしょ」
「む……、適当だなあ」

少しくらい夢見させてよ〜!なんて言って悠一君のほっぺたをむにむにと触っていると、突如部屋の扉が勢いよくガチャッと音を立てて開いた。驚いて、悠一君と同じタイミングで振り向いて見れば、そこには色素の薄いボブカットの小さな女の子がいた。恐らく悠一君は予知していただろうが、これだけ驚いたのは多分勢いの良すぎたこの扉の音のせいだろう。そんな女の子に向かって、悠一君が声を掛けようと口を開き掛けた時、これは思い過ごしなのか、彼女と目が合った気がした。

「ちょっと迅!誰よ、この人」
「………え」
「………ヒエッ?」

気のせいでは無かったらしい。目が合ったと言わず、ガッツリ私の姿を見られているではないか。ボーダーってこんなに幽霊見られる人多かったの?霊感強すぎない?と心の中でパニックになっている私なんて気にせず、女の子はズカズカとこちらへ近づいてきて、私の顔をじっと見つめてくる。

「ボーダーじゃないのね」
「へえ、何で分かったの?」
「だって、弱そうだもの」

悠一くんの問いに、その女の子がズバッと答える。う、うん……確かにボーダー隊員では無い上に運動は中の下だから間違っちゃいないし、否定は出来ない。ぐさりと心に傷を負いながらも苦笑すると、女の子は私から離れて「で、誰なのよコイツ」と訝しげに悠一君を見つめた。

「あー、何て言うのかな……最上さんの娘さんだよ」
「!最上さんの!?というか最上さん結婚してたの!?」

えっ、私って最上さんの娘だったの?と声を出しそうになったが、悠一君には何か考えがあるのでは?と深読みし、とりあえず黙っておく。

「まあ、嘘だけど」
「……は!?嘘!?ちょっと迅、また騙したわねー!?」

いやただのジョークかよ。
女の子は『ガーン』という効果音が付きそうなくらいショックを受けている様子で、ポコポコと悠一君を叩いている。『また』という言葉が出た辺り、この子は騙されやすい性格なのだろうか。ツンツンしているのにそういう所抜けてるのって大変可愛いよね。という同意を求める言葉は飲み込んで、悠一君にコソコソと話しかける。

「ねえ、やっぱりこの子も幽霊見える……って事でいいんだよね?」
「うーん、多分それは無いかもね」
「え?」

女の子を宥めながらもそう答えてくれた悠一君に思わず聞き返してしまう。「それは無い」とは一体どういう事なのだろう。こうして私の姿が見えていると言うのに、幽霊が見えないだなんて話があるのだろうか。そうしたら、他の理由がある筈だ。とにかく拙い頭でうんと考えを絞り出してみる。

とは言ったものの、その通り拙い頭を持っているため何も分からずすぐに悠一君に助けを求めると、悠一君は呆れたように笑って話を切り出す。

「豊さん、トリガー解除してみて」
「え、うん、分かった」

悠一君が何をしたいのかも分からず、私はひとまず「トリガー解除」と呟いて換装を解いた。ボーダーっぽい、あのかっこいい服から最初に着ていた洋服に早変わりすると、何故か目の前の女の子が「えっ!?」と驚きの声を上げる。

「き、消えた!?どういうことよ、説明しなさいよ迅!」
「そ、そうだよ悠一君!早く説明して!」
「分かったから2人とも落ち着いて」

どうどう、と私たちを制すると、悠一君は女の子の方を向いて「まず小南」と声をかける。ふむ、この子は小南ちゃんと言うのか。

「さっきの人は、言ってしまえば『幽霊』ってやつだ」
「……はあ!?幽霊!?」
「ちょっと悠一君、流石にそんな話信じるわけ……」
「すごい!やっぱり幽霊はいたのよ!」
「えっマジで?」

コロリと信じてしまった小南ちゃんにぎょっとする。騙されやすい、なんて思っていたけれど、ここまで簡単に信じてもらえるとは思っていなかったため驚きを隠せないでいる私に向けて、悠一君は「じゃあ、豊さんはトリガー起動して」と命じてきた。この状況、まるで悠一君が年長者みたいじゃないか。ここは年上としての威厳を見せねばとも思うのだが、絶対に悠一君の方が頭が良いことは承知済みのため黙って従うことにした。

「トリガー起動」なんて言ってしまえば、あっという間に私の姿はトリオン体に変わっていて、二度目だとしても感嘆の声を上げてしまいそうになる。

「現れた!え、本当にどういうことなのよ?そういうトリガーとかあったっけ?」
「半分正解で半分不正解だよ。多分ね」

半分、とは一体どういう意味なのだろうか。そう疑問を持って聞こうとする前に悠一君が先に話し出す。

「これもまた根拠は無い。……が、恐らく豊さんがトリガーを使ったからだと思うよ」

つまりは私…換言すると、幽霊がトリガーを使うと誰にでも姿を見せる事ができる、ということだろうか?いやどういうことだってばよ、わかんねえよ。と頭の中が困惑で大渋滞しているところを察知した悠一君が「まあまあ、落ち着いてよ豊さん」と助け舟を出す。もっと頭からっぽにして考えたほうが、今は一番良いと悠一君が言うものだから、私も渋々「そうかなあ…」と零した。まあ、その方が私は楽だから結局いいんだけどね。

「原因は不明だけどさ。トリガーを解除した途端に豊さんの姿が見えなくなったのなら、トリオン体になれば視覚的に認知することができると考えるのが妥当だね」
「……信じがたいけど。まあ、そういうことにしといてあげる。でも迅はこの人の姿が最初から見えてた様な口ぶりだったけど?」
「うん、最初から見えてたよ。ちなみに最上さんも」
「へ、最上さんも!?ちょっと、なにそれずるいじゃない!」

私も幽霊見たかった!と怒りながら再び悠一君をポカポカと叩く小南ちゃんに思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。あー、この年頃の女の子ってこんなに可愛かったんだなあ、とか、おばさんじみた思考になってしまうのは仕方がない。
どうやらいつの間にかニヨニヨと笑っていたらしく、悠一君に怪訝そうな顔をしながら「その顔やめて」と突っ込まれた。ごめんて。

「それなら……ええと、豊?は戦えるってこと?」
「それが無理なんだよね。豊さんのトリオン量、2だから」
「2!?ただ換装できるだけって訳!?戦えないの!?弱いのね!?」
「おうおう、とりあえず落ち着こうか小南。豊さん傷ついてるから」

ぐさりぐさりと小南ちゃんの言葉が私の心に突き刺さっていく。全くその通りだから何も言い返せる術が無くてただただガラスのハートを抉られているだけである。うう……と心臓を守るように押さえながら苦笑いをすると、目が合った悠一君に同じように苦笑いを返されてしまった。年下にこんな顔をさせてしまうだなんて、人生の先輩失敗である。情けない。

でもまあ、戦えなくても盾にはなれるわね。ふと、小南ちゃんが呟いた。何気なく放たれたその言葉は何故かストンと心の奥に収まって、妙な納得感に疑問を抱く。何と言ったら良いのだろか。これからそうなってしまう様なことが起きるような、そんな不確かな感覚だ。いくら考えてもはっきりとした答えは出ず、顔を顰めて首を傾げていると、小南ちゃんと話していた悠一君がくるりと私の方へ振り向いて「豊さん?」と同じように首を傾げる。百面相していた私を怪訝そうな顔で見つめる悠一君に「なんでもない!」と、取り繕うように笑みを浮かべた。納得していない様子ではあるが「……そう?」と言って、また小南ちゃんの方へ顔を戻した。